第72話 疑念

 おおよそ話が終わったところで、庭いじりをしていたホビィを呼んだ。その後はロックバードの肉を食して、その日は終わりとなった。

 ホビィは特に何も聞いてくる事はなかった。本当に空気の読める魔物である。キリーが気持ちを紛らわせるように、ホビィのふかふかの体をしばらくもふっていたのが印象的だった。


「で、それを俺にどうしろと言うんだ」

 翌日、ヴァルラから報告を受けたコターンは正直驚いて困惑した。

「まぁ確かにそうだな。だが、過去に私とパーティーを組んで冒険した事のあるイムカの子孫である君には、この話をしておいてもいいと判断したんだ」

「まあ確かに……。それにしても悪魔か。親父やじじいからも聞いてはいたが、本当に居たんだな」

 ヴァルラの言い分に、コターンは頭を抱えながら呟いている。

「私も自分の近くに現れたのは初めてだ。しかも、自分の関係者のところだからな。さすがの私も慌てざるを得ない」

 対照的に落ち着き払っているヴァルラ。冒険者ギルドのマスターの部屋で優雅に紅茶をしばいている。

「今日はキリーにはホビィと一緒に居るようには言ってある。悪魔の方もあれだけあっさり撃退されたんだ。警戒してすぐには襲い掛かってはこまい。襲い掛かってきたら、それはただの馬鹿か感情的な馬鹿のどちらかだ」

 こう言ったヴァルラは、カンナに紅茶のおかわりを所望する。明らかに飲むペースが速い。ヴァルラも心配なのだ。

「……キリーの証言から察するに、悪魔の方はキリーの事を自分たちに害をなす”天の申し子”だとみなしているようだ。実際、先日の依頼書の罠はキリーの実績からすれば明らかな格上の依頼だったからな。しかも、キリーは一人で行動する事に慣れていなかったしな。実力を見誤ったとはいえ、明確な殺意があったのは間違いない」

 実際、マスールの性格を織り込んだ上での罠だった。ただ、予想以上にキリーが落ち着いていたがために失敗したというのが結果であった。感知魔法で場所を把握されて反撃を受けるとは思ってもみなかっただろう。

 これが先日の偽の依頼書事件のヴァルラの見解である。

「時に、マスールとかいう冒険者たちはどうなったかな?」

 段々と落ち着かなくなってきたヴァルラは、急に話題を変えた。関係した話題ではあるが、天の申し子の話は一度後回しにしたかったのだ。そもそも説明が面倒なのである。

 ヴァルラから聞かれたコターンは、少し躊躇してから口を開く。

「マスールとそれに協力した冒険者たちは、キリーちゃんからの懇願もあって、鉄級から出直しになったよ。まったく、あの子は優しすぎる。自分の命を狙った相手に情けを掛けるなんて、普通はできないものだぞ」

 どうやら、マスールたちは初心者からの出直しとなったそうだ。性格が悪すぎたが、確かに腕は悪くない。いざという時の戦力としてなら役に立つだろう。キリーがそう決めたのなら、ヴァルラからは特に言う事もない。

「そうか。それは実にキリーらしいな」

 ヴァルラはこう言って微笑んではいるが、マスールたちにはキリーがそれなりの処罰を与えていた事に気が付いていた。

 それは、心を折った状態でシュトレー渓谷の入口に置いて帰った事だ。完全に精神が参った状態でこのスランの街までは自力で帰ってこさせた、これが罰と言わずしてなんだと言うのだろうか。この時、キリーが相当に頭に来ていた事が窺い知れる。とはいえ、これは自業自得だから仕方のない話である。

 ちなみにマスールたちには、降級の罰に加えて罰金も科せられた。性格は悪いがそれなりに依頼はこなしていたので、この罰金も滞りなくスランに戻って来た時点で支払っていったそうだ。というか、キリーよりも時間はかかっただろうにもう戻ってきているらしい。キリーが戻ってきてから1日しか経っていないので、腐っても冒険者、心折れても銀級に到達した実力は裏切らなかったようだ。

(うん、まったくもって同情するような話ではないな)

 コターンからの説明に、ヴァルラはすました顔で紅茶を飲み続けていた。キリーにコテンパンにされた事で、心を入れ替えて真面目に励むようになるならそれでいいかと、ヴァルラはさらっと流しておいた。

(しかし、気になるな)

 コターンの話を聞きつつ、ヴァルラは今回の一件の事で考えを巡らせ始める。

 それというのも、キリーに目を付けた事といい、キリーに恨みを持つ冒険者に魔法の掛かった依頼書を渡した事といい、悪魔はいつどこでその情報を仕入れたというのだろうか。思い返せば不可解な事ばかりである。

 キリーが今の状態になってからかなりの日数が経っているし、キリーの魔力量は多いから、近くに来れば察せる事もあるだろう。

 ただ、マスールの件を考えると、スランの街の中に何らかの方法で紛れ込んだ可能性がある。悪魔は角と翼、それに肌の色で身を隠すのは困難だし、街中に居ればヴァルラが気が付かないわけがない。依頼書の文面を変化させるような魔法が使えるので、もしかしたら何かしら変化の魔法を使っている可能性もある。何にしても油断ならない話だ。

 まったく、キリーを自分の弟子として育てていくつもりが、とんだ話になったものだとヴァルラは思いっきり頭を抱えた。その悩みをごまかすように、紅茶をおかわりして一気に飲み干すヴァルラなのであった。

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