第54話 それはゴマ

 翌日、ヴァルラたちはいつも野菜を買っている八百屋へとやって来た。キリーの鑑定結果を検証するためである。

「やぁ、キリーちゃん。今日は朝からかい?」

「あ、おじさん、おはようございます」

 八百屋のおじさんが挨拶をしてきたので、キリーは挨拶を返す。

「そっちのでかいウサギは、キリーちゃんの頭に乗っかってたホビィか。すっかり変わっちまったな」

「そうなのです。ご主人様の魔力でホビィは大きくなったのです」

 おじさんの言葉に、ホビィは嬉しそうに反応している。二本足でうろつくウサギを見て、すぐにホビィと特定したおじさんも何気にすごい。

「で、今日は何を見に来たいんだい?」

 あっさり話題を切り替えるおじさん。これぞ商売人といったところだろうか。だが、すでにキリーは店に並ぶ野菜や果物を鑑定魔法で見つめていた。

「おやおや、いつになく真剣だな。どうだ、このデコンとかおすすめだぞ」

 おじさんが大根のような白い物体を持って勧めてくるが、キリーは意に介していない様子だ。鑑定魔法に完全に集中している。その様子に、おじさんはどうしたらいいのか分からない風だ。

 というわけで、代わってヴァルラがそれに応対する。

「ふむ、今日の野菜たちもなかなかいい熟れ具合ではないか。ちゃんと畑に向き合わねば、これほど見事な物にはなるまい」

 とりあえず、鑑定魔法を片っ端から試しているキリーから意識を逸らす。ヴァルラから称賛された事で、おじさんの意識は完全にヴァルラに向いた。

「お、分かってくれるかい」

 おじさんはいろいろと野菜を育てるポイントだとか講釈を垂れてくる。少々早口だが、ヴァルラは参考までにと適当に頷きながら話を聞いていた。

「あった、これです!」

 そんな中、突然キリーが叫ぶ。どうやら目的の物が見つかったようである。だが、キリーが指し示したのは、細かい粒々のだった。

「これから油が取れるみたいです」

 キリーはこう言うが、どう見ても大量の粒々があるだけだ。とても油とはつながりそうにない。

「どうしたいんだい、キリーちゃん。そいつはゴマってやつでただの添え物だぞ」

 おじさんは困ったような顔をしている。そこでヴァルラが鑑定で見てみるが、ヴァルラの鑑定には油が取れるような評価が出てこない。これにはヴァルラは首を傾げた。しかし、キリーの表情はまじめである。キリーが嘘を言う事はなかったし、そういう風にはとても見えない。なので、

「すまないな、そのゴマをすべてくれないか?」

 ヴァルラがこう言うと、おじさんはとても驚いていた。ゴマはそのまま野菜に加えるか、少し潰してスープに放り込むかくらいの使い道しかなかった。それを大量に買ってどうするのか。おじさんはわけが分からなかったが、袋いっぱいのゴマをヴァルラに売る事にしたのだった。

「一体こんなにたくさん、何に使う気なんだ?」

「私にも分からん。キリーは油が取れるとか言っているが、どうも私の鑑定魔法とキリーのとでは違いがあるようだ」

「ヴァルラさんよりも優れていると?」

「さあ、どうだろうな。ただ、同じ魔法でも人によって効果が違う事はないとは言い切れん。私には見えないものがキリーに見えている可能性は否定できんよ」

 なんだかんだ言いつつも、無事に大量のゴマの売買は成立した。いつもは物好きしか買わないゴマが大量に売れた事で、おじさんの顔には困惑が浮かんでいた。

 ゴマ以外は普通に買い物を済ませ、ヴァルラたちはこの日は家に戻る事にした。

 この後キリーは、火魔法を使ってゴマを炙り、風魔法を使ってゴマを細かくして、土魔法を使って石を作り出してゴマを潰していた。すると、土魔法でできた石と石の隙間からはどろっとした液体が出てきた。

 鑑定魔法の結果、それは確かに油と表示された。

「ふむ、確かに油だな。しかしキリー、この方法をどうやって?」

「鑑定魔法を使ったら作り方が出てきたんです」

「なんと?!」

 どうやら、キリーの鑑定魔法はヴァルラのものとは明らかに性能が異なるようだ。キリーの能力が優れているのは分かっていたが、一体キリーは何者なのだろうか。ますます謎は深まっていった。

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