第50話 兄妹経営の食堂

 しばらく待っていると、料理が運ばれてきた。確かに挿絵通りの料理なのだが、実際に目にしてみると見た事がない料理であるのは確かだった。

「これが唐揚げというものか。肉に小麦粉をまぶして揚げたと書いてあったが、さてどんな味だろうかな」

 ヴァルラの前にあるのは、明るい褐色のごつごつした球状の物体である。唐揚げと書いてあった料理だ。ホップラビットと並ぶ、普段は害のないが繁殖力の強いダッシュバードの肉を油で調理したものだそうだ。横には付け合わせの酸っぱい果実リモーが置いてある。お好みで搾った汁を掛けて味わうと書いてあった。というわけで、最初はそのまま味わう事にした。

「ほぉ、これは面白いな」

 衣はさくっとした食感、続いて中身からじゅわっとあふれる肉汁。この食感の違いが同時に口の中に広がる様子に、ヴァルラは驚いていた。

 ちなみにキリーとホビィは、二人でハンバーガーなる物を頼んでいた。キリーは一段、ホビィは二段のハンバーガーである。

「うわぁ、これは面白いです。肉や野菜をパンで挟むなんて発想は、なかったと思います」

 キリーが目を輝かせていた。

「おいしそうなのです」

 ホビィもホビィで騒いでいた。

「このまま手で掴んでかぶりつくのですよね。では、いただくなのです」

 勢いよくかぶりついたホビィ。しかし、思わぬ事態に遭遇する。

 勢い任せにかぶりついたので、中段の部分が反対側から飛び出てしまったのだ。だが、落ちた先が皿の上だったので、テーブルは運良く汚れる事はなかった。

「わわっ、中身がっ! これはひどいのです」

「ホビィ、慌てて食べるからだよ……」

「こらこら冊子にも書いてあっただろう。ちゃんと押さえて食べないと中身が飛び出ると」

 ホビィが騒いでいると、ヴァルラがちゃっかりツッコミを入れる。キリーにまで突っ込まれるあたり、慌てん坊である。

 泣くように騒ぐホビィに耐えかねて、ヴァルラは店員の女性に声を掛けて、フォークを持ってきてもらった。

「すまないね、うるさくしてしまって」

「いいえ、ここはお客様がほとんどいらっしゃりませんので、気になさらなくて大丈夫ですよ」

 女性の受け答えに、ヴァルラは首を傾げた。

「それにしても珍しさもあるし、味も問題ないのに人が来ないのか」

「はい、得体の知れないものとして敬遠しているようです」

 ヴァルラの質問に女性はそう答えた。

「ふむ、これらの料理の発想はどこで得たのだ?」

 ヴァルラの知らない料理である。気にならないわけがないので尋ねてみる。

「はい。こちらのコック、私の兄になるんですが、夢で見たそうなのです」

「ほぉ、夢とな?」

 話を聞いてみれば、店員の女性レリ(服飾店のララのいとこにあたるらしい)の兄であるロロの能力なのだそうだ。夢の中であちこちの世界に出かけており、そこで得た料理の知識を再現しているとの事。料理限定なのは、根っからの料理人だからだそうだ。

 ちなみにレリの着ている服装もその夢の中で見た服装だそうで、ララに話したら暴走気味に作ってくれたそうだ。膝上丈の靴下や腕の大部分を覆うアームカバーは、太ももや二の腕部分にリボンやボタンを使う事で再現したらしい。この世界にはゴムのような伸縮素材を服装に使う発想はないためである。

 ただ、今現在の状況だと、この店はロロとレリしか居ないために繁盛して忙しくなるのは困るそうだ。人手が無いのは確かに大問題である。

「ふむ、人手が問題というなら、キリーとホビィはどうだい?」

「むえ?」

 ヴァルラが放った言葉に、ハンバーガーにかぶりついていたキリーが顔を上げて反応する。

「キリー、せめて口の中は片付けてからにしなさい」

「ふぁい」

 キリーはもぐもぐとハンバーガーを食べる。

「申し出はありがたいのですが、今の状況でいいんです。知っている人だけが来る穴場的な店で」

 レリは笑顔で言っている。

「それに、来客のほとんどが商業ギルドの方ですので、客足が増えた時にはすぐ相談できますから」

 表情は困惑しているようだが、本人たちがそう言っているのでヴァルラはそれ以上は言わなかった。無理強いはよくないし、親切の押し売りもよくはない。

 この店の食事にはおおむね満足したヴァルラたち。

「ふむ、キリーもホビィも気に入ったようだし、時々利用させてもらうとしよう」

「はい、ありがとうございます。ララのお気に入りの方に満足いただけたのでしたら、私も自慢話できるというものです」

 レリはこう言って笑っていた。おそらくララからキリーやホビィの事を聞かされていたのだろう。それを思うと、ヴァルラには自然と笑みがこぼれていた。

「君のお兄さんとは、今度ゆっくり話をしてみたいものだな」

「はい、兄に伝えておきますね。ありがとうございました」

 食事を終えたヴァルラたちは、会計を済ませるとお店を出ていく。その際に、キリーは振り返ってぺこりと頭を下げていた。そして、レリは笑顔で手を振りながら、その様子を見送っていた。

「あの人たちがララの言ってた人たちか。確かに不思議な人たちだったわ」

 レリは一つ深呼吸をして、兄の居る厨房へと小走りに消えたのだった。

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