第41話 八百屋さんと日常光景
地道な努力もあって、キリーへの風当たりは完全に改善した。ホビィももはや可愛いウサギという認識に落ち着いていて、街行く人たちの対応も実に穏やかなものである。驚くのは街の外からやって来た人くらいだ。
「ホビィちゃんはお目が高いね。いい物ばっかり選ばれちまう」
と言うのは、先日お世話になった八百屋の婦人。褒められて嬉しいのか、ホビィはキリーの頭上で「キュイキュイ」と踊っているように見える。
なんで八百屋に来ているかと言うと、先日の事もあって、キリーが気に入っているからだ。ホビィもここの野菜や果物が気に入っているというのもある。
「しっかしまぁ、魔物だって言ってもここまで懐いてるのは見た事ない。おめえ、よっぽど気に入られてんだな」
「えへへ」
八百屋の旦那にもこう言われて、キリーはとても照れている。
「あたしの時のバウだって、結構聞き分けが良かったからね。街に寄る時は外で待ってくれたり、入るにしても口にベルトもおとなしく付けられてたりと、信頼関係がきっちりしてると魔物もちゃんと理解してくれるんだよ」
婦人は懐かしそうに当時を振り返りながら、腕組みをしてうんうんと頷いていた。
「そういやぁ、冒険者の時にウルフと旅してたって言ってたな」
旦那の方は思い出したかのように言っている。
「俺もそのバウとかいうウルフに会ってみたかったな」
「やぁねえ。多分あんただったら、会った瞬間に嚙みつかれてたと思うよ。ちょっと嫉妬深いところもあったからね」
「そいつぁ怖えな」
冗談くさい事を言いながら、この夫婦は笑っている。とても仲が良いのだろうと、キリーは思った。
「それにしても残念だね。あの子の相手でもしてもらおうと思ったんだけど、あの子、今お昼寝中なんだ」
「そうですか。ちょっと残念ですね」
「育ち盛りで女の子なのにお転婆だからね。畑仕事を手伝ってご飯を食べたら、そのまま寝ちゃったんだよ」
夫婦には一人娘が居て、年の頃はキリーとも近い。ホビィはたびたび耳を引っ張られるが、よく撫でてももらえるので嫌っていないようである。
「しかし、一時はどうなるかと思ったけど、キリーちゃんがこの街になじんでくれてよかったと思うわ。なかなかこう、癒しっていうのが無いと思うから」
「だなぁ、うちはまだ娘が居るからマシってもんだ」
婦人は頬手に手を当ててため息をつき、旦那の方は豪快に笑っていた。この光景に、キリーはつい笑ってしまった。
「よし、あんまり引き留めても仕方ねえな。キリーちゃん、またひいきにな」
「はい。お二人の売ってる野菜や果物はとてもおいしいですから」
「キュイ、キュイ!」
キリーは頭を下げようと思ったが、いつもホビィにバランスを取るように強いるのはどうかと思って、珍しくメイド服のスカートをつまんで軽く挨拶をした。その姿に、夫婦はちょっと驚いた。
夫婦はキリーを見送った後、
「カーテシーとか、あの子教わったのかね?」
「多分無いと思うわ。一度もしてるところ見た事ないから。多分、頭のホビィちゃんを気遣ってとっさに考えたんだと思うわ」
夫婦の間で、キリーの別れ際の挨拶について話し合っていた。
「なるほど。機転も利くし、将来楽しみだな」
「そうね」
夫婦はそのまましばらく、キリーの事を考えていた。
「っと、いけねぇ。そろそろ夕飯の時間だからな。さぁて、残った野菜を売り切らねえとな」
「そうね。頑張りましょう、あなた」
ヴァルラとキリーが来てからおおよそ1か月ほどだが、ホップラビットのホビィも含めて、スランの街になじめてきているようだ。
二人と一匹が織りなす物語はまだ始まったばかり。はてさて、この先には何が待っているというのやら……。
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