第36話 キリー、因縁を付けられる

 翌日、錬金術の材料を集めると言って、ヴァルラは魔物討伐へと出かけて行った。キリーはホビィと一緒に街に残って畑の世話をしたり、買い出しに出かけたりとのんびりしている。服装は着慣れたメイド服である。

 魔物討伐にためらいがあるキリーは、とにかく違う方面からヴァルラを支えようと薬草採集の依頼を受けに行ったが、先日に摘み過ぎたのでこの日は依頼が無かった。仕方ないので、家に戻ったら保管してある薬草でポーション作りをする予定である。

 頭にホビィを乗せて歩く姿は、街の人から妙に目を集めていた。なにせ、頭に乗っているのは食欲の悪魔であるホップラビットだ。見てくれこそ普通のウサギなのだが、食べる量が尋常ではない。それ故に、昨日から街の人たちはかなり警戒していた。

 ところがだ。特に好物が揃っているはずの八百屋の前に来ても、ホビィはおとなしくキリーの頭の上で一緒に野菜を選んでいた。食欲旺盛のホップラビットだからこそ、野菜や果物の良し悪しが分かるのだろう。的確においしそうな物を選んで、キリーは買い物を済ませていた。

 キリーの頭の上でおとなしくしているホップラビットの姿に、街の人は度肝を抜かれた気分だった。

「嘘だろ?!」

「ホップラビットよね、あれ」

「なんでおとなしくしてるんだ?」

 そういう驚きの目を向けられている。昨日はヴァルラが横に居たので控えめだったが、キリー一人だけだと露骨なまでに反応している。

「見つけたぞ、このガキ!」

 買い物しながら気分よく歩いているキリーだったが、野太い声に呼び止められる。振り返るとそこに居たのは、先日キリーに倒された筋肉だるまだった。

「あっ、確か冒険者ギルドで会った……。そうだ、マスールさんですよね!」

「名前覚えてんのかよ!」

「はい。師匠から名前と顔はできるだけ覚えなさいと言われてますので」

 キリーがにっこりと微笑むと、名乗る気満々だったのか、マスールの動きが固まった。

「どうされたんですか? もしかして、ボクにやられた傷が痛むんですか?」

 キリーが心配そうに見る。

「あの程度、冒険者ならなんて事はない!」

 予想外の反応をされたせいか、マスールが焦っている。

「てか、てめぇ。なに魔物を連れて歩いてんだよ!」

 挙動が不審なマスールだったが、キリーが頭に乗せているホップラビットに気が付いて、叫ぶと同時に斬りかかってきた。

「ちょっと、何をするんですか!」

 剣に反応してキリーが身を躱すと同時だった。

「キュイッ!」

 攻撃的な行動に、ホビィがキリーの頭から飛び出した。一度地面に着地したホビィは、そのままマスール目がけて飛び上がる。

「キュイ、キュイッ!」

 そのまま回転蹴りをマスールの下あごに決めると、

「あ、あがっ……」

 マスールはそのまま気を失って倒れた。剣は握りしめたままだったし、たまたま周りには誰も居なかったので、被害なくマスールを撃退してみせた。

「ホビィ、大丈夫?」

「キュイ、キュイ!」

 キリーが心配して声を掛けると、ホビィは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。

「うっそだろ、あれって銀級に上がったマスールだろ?」

「ホップラビットの蹴りじゃないぞ」

「とはいえ、あれは正当防衛だろ。いきなり斬りかかったぞ、マスールの奴」

「でもさ、あんな強い魔物を連れてるなんて……」

 周りに居る街の住民たちがざわつき始めた。その様子に、キリーは不安に襲われ始めていた。

 ……奴隷時代の記憶が急に蘇ったのだ。

 ガタガタと体を震わせ始めるキリー。それに気が付いたホビィが、厳しい顔つきでキリーの前に立ちはだかった。

「キュイ! キュイキュイッ!」

 キリーを護るように毛を逆立てているホビィ。そのホビィを見た住民は、その気迫に後ずさる。小さいとはいえ、銀級に上がったばかりのマスールをあっさり伸した魔物だ。そこには恐怖しかなかった。

 しかし、その空気は突然一変する。

「あらあら、キリーちゃん、どうしたの?」

 さっき買い物した八百屋の婦人だった。婦人は周りの状況を見てなんとなく状況を察する。

「なるほど、キリーちゃんが危ない事に巻き込まれたのを、この子が助けたわけね」

 夫人はしゃがみ込むと、ホビィを見る。ホビィが警戒心に包まれていたので、手は出さなかった。

「うちで真剣にお野菜とか選んでたから、よっぽどこの子はキリーちゃんに懐いてるのね」

 婦人が手を伸ばそうとすると、住民たちが「やめろ」とか「かまれるぞ」とか騒いでいる。しかし、ホビィは婦人に敵意が無い事を理解しているのか、おとなしく撫でられていた。

「キュッキュイ~♪」

 撫でられて嬉しそうにするホビィ。この光景に住民たちは唖然としたのだった。

「キリーちゃん、落ち着くまでうちに来ない? さっき見ただけとはいえ、一生懸命頑張ってたみたいだから、応援したくなっちゃったわ」

 キリーはまだ震えていたが、その申し出に顔を少し上げて、こくりと頷いた。

「うん、なら決まりね。行きましょう」

 キリーは婦人に手を引かれて、その場を去ったのだった。

 ……ちなみにマスールは伸びたままである。

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