第13話 火の玉サプライズ

 やって来たのは、ヴァルラの住む小屋から少し離れた開けた場所。その辺り一帯は、森の中にありながら木々が少なく、ごつごつとした岩場になっていた。近くには川が流れているという静かな場所だった。

「ここなら多少暴発させても大丈夫だ。ここでキリーの魔法の特訓を始めよう」

 ヴァルラはそう宣言した。

「はいっ、お願いします、師匠」

 キリーは拳を握って、むんと気合いを入れる。

「とりあえず、初歩の初歩からだな。基本魔法の一つだ」

 ヴァルラはそう言うと、指先から火の玉を生み出した。イメージを通して魔力を小さな火の玉に変換したのである。

「私ほどの使い手になると、魔法の使用は詠唱なしでもできる。詠唱というのは魔力の変換と魔法の威力を補うためのものに過ぎない」

「ほへー……」

 まるで初めて見たかのような反応である。キリーはヴァルラが発した火の玉を、穴が開くほどに凝視している。

「基本の魔法は、この火の玉を生み出す魔法と、光を灯す魔法だ。生活する上で必須の魔法だな」

 ヴァルラはこう言って火の玉を消すと、今度は指先に光の玉を出した。指先がほんのり光っていて、その光の柔らかさにキリーは見惚れているようだった。

「というわけだ。今からキリーにもこの2つだけは使えるようになってもらう。調理場の火も、今は着火装置があるから問題なく使えているようだが、あれもいつ壊れるか分からんからな。そうなると魔法で火が起こせないと料理もできなくなるぞ」

「そ、それは困ります」

「だろう? 光もないとあそこは森の奥地だから移動もままならなくなる。生きるためには必須の技能と言える、頑張るんだぞ?」

「は、はいっ!」

 ヴァルラの言葉に、キリーは戸惑いながらも元気よく返事をする。

「火種程度の火を使う時の詠唱は簡単だ。”火の意思よ、ここに。フアレ”だ、分かったかな?」

「はい!」

 魔法を実際に使う練習が始まる。基本となる火と光の詠唱を学んだところで、キリーは目の前に人差し指を立てて集中している。

「火の意思よ、ここに。フアレ!」

 ヴァルラが見守る中、記念すべきキリーの第一詠唱だ。

 と、次の瞬間、とんでもない事が起こる。

「うわっ!」

 キリーの指先から、天に向けて火柱が上がった。洒落にならないくらい大きい。森の中だったら大火事になっていたところだ。場所を移動した判断は正解である。

「キリー、火を小さくするように魔力を調整するんだ。私が見せたくらいの火になるように頭でイメージすればいい」

「は、はいっ!」

 分かっていた結果だったが、さすがの火の大きさにヴァルラも慌てていた。ヴァルラよりも多いキリーの魔力で調整もなしに火を放てば、当然こうなるわけである。それでも、その予想よりも実際に放たれた火柱は大きかった。慌てるのも無理はない。

 キリーは必死に「小さくなれ、小さくなれ」と呟きながら、魔力の調整をしている。そのかいあってか火柱は少しずつ小さくなり、1分ほどしてヴァルラが見せた見本の火の玉程度の大きさまで小さくなっていった。

「ふわぁぁ、難しい……」

 調整に成功したキリーは、そう声を漏らしていた。だが、その調整に苦労したようで、よく見れば足が小刻みに震えていた。

「初めてだからな、仕方がない事だ。しかし、これほど早く調整できるようになるとは思わなかったぞ。次は、この大きさを最初に出してから、大きくしたり小さくしたりしてみようか」

「はい、師匠」

 だが、ヴァルラは遠慮せずに、次の課題を与える。感覚を忘れないうちにそれを身に付けなければ、再び身に付けるのは苦労を要するからだ。鉄は熱いうちに打つのだ。

 キリーは再び、指先に火の玉を灯すべく集中する。今度は大きくなり過ぎないように、自分の魔力の流れを意識しながらだ。すると、さほど時間がかからないうちに、見本としてヴァルラが見せた火の玉ほどの大きさの火が、キリーの指先に現れた。

「やりました、師匠」

 喜びのあまりヴァルラの方へ一気に顔を向けたキリー。次の瞬間、調整が乱れたのか、火の玉がまた火柱へと姿を変えた。

「わわっ、どうしたら……」

「落ち着けキリー。集中するんだ」

「は、はいっ!」

 ゆっくりと意識を集中して、キリーは魔力を調節する。すると、火柱はみるみる小さくなっていった。

「油断したな、キリー。怪我はなかったかい?」

 ヴァルラが声を掛けた瞬間、前髪が少し焦げているのに気が付いた。

「むむっ、さらさらのキリーの髪が焦げているぞ、これはいけない!」

 平静を装っているが、かなり慌てたヴァルラはキリーの髪に回復魔法を使う。長年生きてきているので、回復魔法もお手の物である。あっという間に、キリーの前髪はさらさらな状態に戻っていた。

「まったく、初めてなんだから気を抜いてはいかんぞ、キリー」

「ごめんなさい、師匠……」

 火の玉を消して、しゅんと俯くキリー。なにこの子、可愛すぎる。

「まぁ、最初でこれだけできれば上々ね。魔力の流れを感じて魔法を使えるようになるまで、本当なら数日かかる事だから」

 キリーの魔法の才能に、ヴァルラは心底驚かされたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る