第14話 魔力酔い

 結論から言えば、その日のうちにキリーは、火の魔法と明かりを灯す魔法をあっさりと使えるようになってしまった。明かりを灯す魔法も、火の玉と同じように初回は閃光となってしまって目がとても痛かった。魔力の調節ができるようになったのだから、初めての使用の時からも調節できるようになる事は、今後の課題となった。

 帰り道でしょぼんとしているキリーだったが、

「初めからうまくできる者などまず居ない。私だって初めて魔法を使った時はあれこれ失敗したものだぞ」

 と、ヴァルラが失敗談を話した事で、キリーは落ち込みからは回復したようである。この時点で二人のお互いの信頼関係はかなり厚いように思える。

「焦る事はない。君はまだ若い。私が編さんした魔導書があるから、それでも読むといい。昨日頑張ってくれたから、今日の仕事はないからね」

 ヴァルラはキリーの頭を撫でながら、こう話してキリーを慰めた。すると、キリーも表情を取り戻して、その目は輝いていた。

「はい、師匠の期待に副えられるように頑張ります!」

「ははっ、くれぐれも無理はしないようにな」

「はいっ、分かりました」

 キリーの笑顔がまぶしすぎる。ヴァルラは顔を背けながら、抱き締めるのを必死に我慢している。その耐える姿を見たキリーが、心配そうに覗き込んでくるので、ヴァルラはさらに必死になっていた。ヴァルラにとってこれはご褒美であり、また拷問である。

 陽も暮れかかってきたので、ヴァルラはキリーを連れて家へと戻る。魔物の住む森ではあるが、この森で一番強いのはヴァルラであり、格付けが終わっているのでヴァルラに魔物が襲い掛かってくる事はない。また、魔力にも敏感なので、キリーの強大な魔力にびびってしまい、これまた魔物は近付いてこない。つまり、二人は歩く安全地帯である。というわけで、二人は魔物に遭遇する事なく、無事に小屋まで戻ってきた。

「キリー、初めての魔法で疲れたろう? 夕飯は私が作るから、お風呂に入ってきなさい」

「えっ、大丈夫ですよ、師匠。ほらっ!」

 ヴァルラに気を遣われたキリーは、ぶんぶんと手を振り回したり、軽くその場で飛び跳ねたりする。ところが、急に動いたのが悪かったのか、キリーは軽くめまいを起こしてふらついてしまった。

「あっ……」

 だが、すぐに察知したヴァルラが、キリーの体を受け止めた。

「まったく。初めて魔法を使った時は魔力の流れに体が慣れてなくて、魔力酔いを起こすんだ。そんな状態で刃物や火を使わせる事はできん。おとなしくしていなさい」

 ヴァルラが本気で心配して言い聞かせにきている。その鬼気迫る表情に、キリーはおとなしく従う事にした。

 とぼとぼと歩く後ろ姿に、ヴァルラは少し心が痛んだ。

(魔力酔いもそうだが、転性した体がまだ馴染んでいるとも思えんしな。恩返しがしたいのだろうが、無茶はさせられん。許せ)

 ヴァルラはキリーを見送ると、風呂場に着替えとメモを置いて、夕食の準備に取り掛かった。

 お風呂自体はヴァルラの長年の研究で、水は井戸から汲まなくてよくなっていて、それをお湯に変えるのもすごく楽になっていた。桶に水を溜める魔法と水を温める魔法の2つの魔法陣が正面に刻まれていて、それに触れると魔法が発動して桶にお湯が溜まるのである。ちなみに排水用の魔法陣も別の位置に刻まれている。

 小屋のあちこちにヴァルラが刻んだ魔法陣が備わっているのは、ヴァルラが研究に集中するためである。余計な手間は極力減らす。そのために、お風呂も半自動、洗濯も半自動、調理は火加減要らずと便利にしてきたのだ。ちなみに、お風呂には溺れ防止機能も付いている。ヴァルラは以前に危うくお風呂で寝落ちしかけた事があり、危険を感じたので追加したのだ。せっかくの研究も死んでしまっては意味が無いのだ。

 そんな便利なお風呂にキリーが入っているうちに、ヴァルラは夕食を作っていく。初めての魔法を成功させたご褒美に、豪勢な食事になってしまい、お風呂から出てきたキリーが着替えとともに大いに驚くのは、すぐ後の事である。

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