第11話 朝食の席にて
悩んだヴァルラだったが、その日は予定通りにキリーに魔法を教える事にした。
まずは体内に宿る魔力を認識して、それを操れるようにする事から始める。これをきちんとこなせるようにならないと、魔法を使う際に予想外な場所から発動してしまう可能性があるのだ。そう、『魔法はしりから出る』とか『目からビーム』みたいな事である。
この日は、ヴァルラが食卓に顔を出す頃には、キリーはすでに起きて身支度をしており、台所で朝食を作っていた。キリーは発育が不十分なのか背が低い。なので踏み台を使ってもいいと教えておいたので、踏み台に乗りながら包丁で食材を刻んだり、煮込みの鍋をかき混ぜたりしている。その一生懸命な姿を見て、ヴァルラはつい微笑んでしまっていた。
それにしても、自分で料理をするのは二日目のはずなのだが、キリーの手際がとても良い。おそらくレシピ本を見ただけの料理のはずだが、何度も作った事があるのかと思えるくらいに、流れるような手際で調理をしている。
(いやはや、キリーの才能には驚かされてばかりだな)
ヴァルラはあえて声を掛けずに、椅子に座ってその様子を眺めていた。
一方のキリーは、食堂にヴァルラが入ってきた事にも気付かず、黙々と料理を作っていた。
「……、これでよしっと」
どうやら、そろそろ仕上げのようである。
「ふふっ、できたぁ。……師匠、喜んでくれるかな?」
料理が完成したようである。しかし、言動がもはや少女である。まったくもって可愛い。
「そうか、できたか。それは早く食べてみたいものだな」
不意に後ろから声が聞こえて、キリーは驚いて振り返る。
「わわっ、師匠。いつからそちらに? って、うわっ?!」
しかし、急に振り向いたのが悪かった。台の上でバランスを崩し、キリーは台から落ちそうになる。だが、キリーは台から落ちる事はなかった。
「ふふっ、慌てん坊さんだな、キリーは。驚かせて悪かったが、そういう無防備なところが庇護欲をそそるものなのだな」
謝っているヴァルラだったが、後半の言葉がちょっと危ない人になっていた。長く一人でいたせいか、寂しかった故がかも知れない。
「そういうところも含めて、今日は魔法の基礎から学んでもらおう。さぁ、早く食事を振舞ってくれ」
「は、はいっ、師匠」
優しく見守るヴァルラに、キリーは意味も分からずに朝食の配膳を始めた。本当に無垢な少女である。
(虐げられて無気力だった反動か、本当に素直ないい子になっているな、キリーは。しかし、それだけに将来が心配だ。さすがに自衛手段くらいは覚えさせないといけないね)
いそいそと深皿にスープを注ぎ、焼き上げたパンを平皿に盛りつけて、キリーは慎重にテーブルまで運ぶ。本当に必死で、その動作の一つ一つから可愛さが滲み出ている。ヴァルラはその様子を見守りながら、どんな魔法から身に付けさせるのかを考えていた。
ヴァルラの見立てでは、今のキリーならどんな魔法でも使えると考えている。魔法使いどころか、魔法が得意なエルフ、最強の種族と呼ばれるヴァンパイアよりも優れた魔導士になれると睨んでいる。それくらいにキリーの潜在能力は計り知れなかった。
やみくもに研究に明け暮れていた日々を思えば、この数日はやたらと充実している気がする。そう考えると、この目の前のキリーは、運命的な出会いだったのかも知れない。ヴァルラは朝食を食べながら、キリーの成長がどのようなものになるのか、心躍らせてやまなかった。
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