第9話 クッキング・キリー
翌日、ヴァルラは久しぶりに研究室に閉じこもった。
朝にはキリーがする仕事を、全部メモにして渡しておいた。文字が読めるのか不安だったが、これも転身の影響か、まったく問題なくすらすらと読めていた。不安はちゃんと一人で仕事ができるかどうかだけだが、そこはキリーを信じて午前中は一人でやらせてみているのだ。
(拾ってきた時はどうなるかと思ったが、今はとてもやる気があるようだからな。今日は楽しみだね)
研究中に鼻歌を歌う余裕すらあるヴァルラ。周りには怪しい書物や道具などが転がっているが、一体何の研究をしているのだろうか。
ご機嫌なヴァルラが研究に没頭していると、不意に扉が叩かれる。
(ん? 今日は誰か来る予定があったかな?)
不審に思いながらヴァルラが扉を開けると、そこに立っていたのはキリーだった。
「あ、あの、師匠。……お昼の時間です」
キリーがこう告げるので、ヴァルラは慌てて外を見る。すると、すっかり陽は高くなっていて、よく思えばどことなくお腹が空いているように感じられた。
「あぁ、もうそんな時間だったか。すまなかったな、キリー」
ヴァルラは部屋の中に戻って、区切りをつけるために道具の整理を始めた。だが、すぐにある事に気が付く。
「はて? もしかしてキリーが昼の食事を作ったのかい?」
片づける手を止めて、ヴァルラは振り返ってキリーに尋ねる。
「はい。未熟者ですけれど、作らさせて頂きました」
もじもじとしながら、キリーは恥ずかしそうに答えた。その様子に、
「これは驚いた。昨日の今日で料理が作れるとはな。キリーは天才なのかい?」
さすがのヴァルラも驚くしかなかった。ところが、食卓を見て、さらに驚く事になった。
「まいったな、これをキリーが作ったのかい?」
「は、はい。見よう見まねで作ってみたんですが、ど、どうでしょう?」
食卓に並ぶのは、昨日の昼にヴァルラが作った物と同じ食事だった。見た目だけなら完全に再現できている。だが、問題は味だ。
「うっ、うまいっ!」
食べてみたらおいしかった。どうやらキリーは、昨日のヴァルラが調理していた様子を見て、その分量や方法を完全に記憶していたらしい。
「ほ、本当ですか?!」
ヴァルラの感想に、キリーは両手を握りしめて目を輝かせながら喜んでいる。
「私が作った手順を完全に再現しているな。キリー、君の才能は信じられないくらい素晴らしいもののようだ」
どうやら、キリーは今の姿になって、眠っていた能力が一気に開花したらしい。一回見たり体験したりすれば、それをすぐに再現できてしまうという、驚異の能力もその一つのようだ。
(いや、着替えもそうだが、料理まで一発とはなぁ。これは、私を超える逸材になりそうだね……)
ヴァルラの内心は、期待する一方、自分の地位を脅かされないか、正直複雑なようだった。しかし、家事をしっかり覚えてもらえば、今まで以上に研究に没頭できると考えたので、とりあえず悩んだ事はすっぱり忘れる事にした。
「キリー、せっかくだし他の料理も覚えてもらおうか。見た感じ、今日の家事はほぼやってしまったようだしな。食事の後に料理のレシピ本を上げるから、それらを作れるようになりなさい」
ヴァルラがこう言うと、キリーは少し表情を曇らせた。だが、
「今日キリーが作った料理は、私が苦労して編み出した料理だ。他人のする事を真似て覚えるのもいいが、真似だけで終わるのは三流だ。私のような一流を目指すのなら、自分で編み出す事もできるようにならなければな」
ウィンクしながらヴァルラが諭せば、
「分かりました。師匠のような一流になれるように頑張ります!」
キリーは納得したように気合いを入れていた。
「では、私は朝の続きをしてくるから、キリーも頑張りなさい」
「はいっ、師匠」
レシピ本を抱えて気合いたっぷりのキリーを見て、ヴァルラは楽しそうに笑う。
「そうそう。食材は向こう一か月分はあるが、無駄遣いはしないようにな。手順と分量を頭に入れて、その中で食べたいと思った物を夕食に出してくれ」
「分かりました。師匠の期待に
キリーの返事に満足したヴァルラは、食堂を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます