第8話 初々しさは凶器です

「家事を身に付けてもらうとは言ったが、私自身もほとんど魔法に頼りきりなのでな。とりあえず、私が魔法で行っている事を見て、やり方を覚えてくれ」

 言ってる事が滅茶苦茶である。自分の体で行うのと魔法を使って行うのとでは、やり方に差が出る作業は多いからだ。ところが、キリーはそれに対して元気よく「はい、分かりました」と答えていた。

 ……うん、まずはやってみる事からだ。

 とは言ったものの、朝ご飯はヴァルラがさっさと用意してしまった。キリーには一人で着替えられるようになってもらうためだ。ヴァルラが料理をしている間に、キリーは一人でメイド服に着替える。可愛らしい寝間着を脱ぐのがもったいないのか、しばらくメイド服との間で視線が行ったり来たりしていた。それでも、自分を拾ってくれたヴァルラに恩返しするためだと、強く頷いて服を着替え始めた。

 それにしても、女性ものの服ばかりだというのに、キリーにはまったく抵抗が無いようだ。まだ幼いというのもあるだろうが、奴隷として物同然に扱われてきたせいもあってか、そういった概念が無いのかも知れない。しかしながら、当の本人は黙々と着替えている。昨日一回着替えただけなのに、もうすんなりと自分で着替えられるあたり、能力の高さが窺える。

「おお、キリー。一人で着替えられたのか」

「はい。師匠に教えてもらいましたから」

 食堂にやって来たキリーに、ヴァルラが気が付いて声を掛けると、キリーが満面の笑みで言葉を返してきた。相変わらずの破壊力を持つ笑顔である。

「しかし、言葉遣いは仕方ないとして、言葉はちゃんと喋れるのだな」

「あっ、そうですね。でも、この体になってからなので、おそらく師匠の魔法のせいだと思います」

「ふむ、それは実に興味深い事だな。私にも分からない事があるとは、世の中とはまだまだ不思議にあふれているのだな」

 キリーとの会話で、ヴァルラは何か一人でうんうんと頷いている。すると、キリーはまた首を傾げていた。

 朝食を終えた後は、食器の片づけから家事を教えていく。それ以外にも掃除や洗濯、庭の手入れなど、ヴァルラは身の回りの事をキリーに一つ一つ丁寧に教えていった。 

 ヴァルラにとってキリーはかなり久しぶりの弟子である。それ故なのか、すでにかなりの愛着を持ってしまっているようだった。料理の際にも包丁を使う時には注意深く見ていたし、危ない場面になろうものなら必死に止めに行っていた。会ったばかりだというのに、すでに相当の親バカぶりである。それくらいに、キリーは庇護欲を掻き立てているという事なのだろう。

 一日家事を教えてきて、夕食の際にヴァルラはキリーに尋ねる。

「どうだい、分からなかった事とかはあるかい?」

「ん-、初めてやってみたので、何とも言えないです。なので、分からなかったら聞いてみます」

 両肘をついて優しく問い掛けたヴァルラに、少し悩む仕草を見せたキリーが、元気いっぱいに答える。キリーの仕草の破壊力が強すぎて、その度にヴァルラは強いダメージを受けている。街では怖い魔女とも噂されているヴァルラが、キリーにメロメロであった。

(こんな姿を他人には見せられんな……)

 ヴァルラは必死に耐えていた。

「よし、明日一人で何をやるか指示しておくから、それをこなせるようになったら、キリーに魔法を教えてあげよう」

「本当ですか、師匠?!」

「うむ、本当だ。とにかく、明日一人で家事をちゃんとこなせる事。これは譲れないぞ」

 ヴァルラが人差し指を立ててウィンクをしながら言うと、キリーは目を輝かせて何度も首を縦に振っていた。

 いや実に、これが死んだ目をしていた少年だったのかと思えるくらいに、今はとても生き生きしている。その姿に、ヴァルラは退屈だった日々が鮮やかに彩られていくような気がした。

 ……魔女と元奴隷少年の生活はまだ始まったばかりである。

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