第7話 キリー、一般常識を身に付ける
その日から、ヴァルラによる教育が始まった。
キリーは元々が少年な上に奴隷だったという事もあって、一般知識や教養がかなり欠落していた。男女の違いという点をそれほど気にしなくていいのは助かるが、それを補って余りある常識の無さは本当に大変だった。
食事では何でも素手でわしづかみにして口に運ぶし、皿も舐め回す。それに加えて、汚れた手を服で拭こうとしたりとして、ヴァルラはかなり慌てていた。せっかく作った服をいきなり台無しにされては困るからだ。なので、テーブルマナーはしっかりと教え込んだ。
キリーはそもそもの教養はほぼ無かったものの、さすがに十代前半と思われるので覚えるのがとても早かった。食事も注意した次の機会からわしづかみする事はなくなったし、皿も舐め回さなくなった。それどころか、フォークやスプーンをちゃんと使ってとても上品に食べる。貴族のお嬢様だろうか?
食事マナー以外にも、生活の上で欠かせない基本的な事を教えていくヴァルラ。ずっと一人で暮らしてきたせいで、キリーに教えていく姿はとても嬉しそうにしていた。それに加えて、キリーの飲み込みも早く、その日の陽が暮れる頃にはキリーは一人前とはいかなくてもそこそこの淑女となっていた。
「キリーの上達の速さには驚かされるな。やはりその姿の方が魂には合っていたようだな」
「はい、体がとても軽いです」
あれだけしどろもどろだった喋りも改善している。その屈託のないキリーの笑顔に、ヴァルラはまた吐血しそうになっている。
「うん、体内の魔力もちゃんと循環しているし、適度に放出もされている。魔力爆発の危険性は、もう無いだろう」
ヴァルラは吐血の気配に耐えながらも、キリーの体の魔力の流れをチェックしている。体を急激に変化させたので心配な部分もあったが、そのあたりも問題は無さそうだった。これが若さというものだろうか。それはともかくとして、キリーの魔力の状態が正常になった事に、ヴァルラはひと安心である。
「それにしても、一日で見違えたよ。ここまで変わるとは、正直思わなかった」
ヴァルラがキリーの頭を撫でながら褒める。すると、
「えへへ、師匠の教え方が良かったんです」
と、満面の屈託のない笑顔を見せてくれた。
「ごふっ!」
ヴァルラは横を向いて、思い切り吹き出してしまう。キリーの笑顔の破壊力は抜群だった。
「どうしたんですか、師匠?」
上目遣いできらきらとした目でヴァルラをのぞき込むキリー。もうやめてあげて欲しい、ヴァルラのライフはもう0だ。ヴァルラは口を押さえながら顔を背けて必死に耐えている。
「と、とにかく、今日ので基本的なマナーは身に付いた。明日からは家事を教えていくからな。身の回りをひと通りこなせるようになれば、魔法や武術の訓練を始めよう」
「はいっ、よろしくお願いします、師匠」
両腕を体の脇にぴったりとつけて、勢いよく頭を下げるキリー。無駄飯ぐらいとして森に捨てられた少年の面影はすっかり無くなり、表情も希望にあふれてキラキラと輝いている。この姿と表情を見たヴァルラは、本当にこの子を助けてよかったとしみじみ思った。
「長年生きてきて、こんなに嬉しい日は初めて迎えた気がするよ」
ヴァルラは感激に打ち震えていた。
こうして、キリーの一般教養の勉強の初日は終わりを迎える。この日の最後は、二人一緒にお風呂に入って一日の疲れを洗い流した。
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