第5話 心身一新

 チチチチチ……。

 窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてくる。これだけならば、魔物や魔女が住む森とは信じられない光景である。

 ヴァルラの住む場所は森の奥まった所にあるのだが、ヴァルラの魔力のおかげか、魔物もあまり姿を見せずに実に平和な空気を醸し出している。

 朝日の光に照らされて、キリーは眠そうに顔をこすりながら体を起こす。その体形は少し胸が膨らんだくらいで、男の時とはあまり変わっていなかった。シンプルな寝巻がワンピースである事を除けば、上半身だけでは男女の判別はつかないくらいだ。

「やあ、キリー、起きたかい?」

 タイミングよくヴァルラがやって来て、キリーの眠っていた部屋に現れた。

「体に特におかしいところはないかな? まだ夢見心地だと思うから、先に顔を洗ってくるといいだろう」

 あれ、この人誰だっけ?

 キリーは寝ぼけた顔のまま首を傾げていた。おそらくは昨日の事をあまり覚えていないのだろう。まぁ、いろいろの事がいっぺんに起き過ぎたので、記憶が混乱しているのだと思われる。

「顔を洗ったらこの部屋に戻っておいで。いい物をプレゼントしてあげよう」

 ヴァルラがキリーに歩み寄る。ヴァルラのその容姿に、キリーは顔を赤くして俯いた。こういうところは地味に少年だった名残といえよう。

 とはいえ、いつまでも寝てるわけにもいかないので、キリーはベッドから抜け出して立ち上がる。

「手洗い場は部屋を出て右側の突き当りだ。扉は開けっ放しにしておくといい。そうしないと、狭いとはいえ初めての家は迷うものだからな」

 ヴァルラはにこりと笑うと、キリーの頭を撫でて送り出す。てとてととおぼつかない足元に、ヴァルラは内心ひやひやした。

(弱っていたから仕方ないとはいえ、さすがに心配になるな)

 部屋の外を見てキリーの無事を確認したヴァルラは、テーブルの上に夜なべの成果を取り出していた。

 ぱたぱたと音を立てて、キリーが部屋に戻ってきた。予想外にも、顔を洗った後に走って戻ってきたようだった。

「あ、あの……」

 戻ってきたキリーは何かを言いかけている。ヴァルラが「何かな?」と首を傾げると、

「お、おはようございます!」

 キリーは目をつぶって力一杯に朝の挨拶をした。これにはヴァルラも

「んんっ!」

 可愛さのあまりに言葉を詰まらせた。

(なに、この可愛い生き物。あああ、早く可愛く仕立てたいわ)

 さらには悶絶もしていた。何が起きたのか分からず、きょとんと首を傾げるキリーだが、それは逆効果でさらにヴァルラを悶絶させた。

 キリーはどうしていいのか分からず、ヴァルラが落ち着くまで立ち尽くしていた。

「す、すまない。他人とまともに対するのが久しぶりなものでな。つい取り乱してしまった」

 ヴァルラは弁明するが、キリーはわけが分からないと言わんばかりに目を丸くして首を傾げていた。

「おほん。では、気を取り直して……」

 仕方なく、ヴァルラは予定通りに行動を移す。ヴァルラはテーブルまで移動して、テーブルの上を指差す。そこにあるのは、布に包まれた何かだった。

「さぁキリー。その包みを開けてごらん」

 ヴァルラはキリーに包みを開けるように促す。すると、キリーはおそるおそる包みに近付いて、そして手を掛けた。

「うわぁぁ……」

 キリーから驚きと感動のため息が出る。

 包みから出てきたのは、真新しい服だった。

 これがヴァルラが夜なべをして作り上げた服である。採寸はこっそりと魔法でしてあったので、それに合わせて服を仕立て上げたのである。

「それを着てみてくれないかな」

「は、はいっ」

 ヴァルラが急かすように言うと、キリーは服に見惚れていたので驚いて返事をしてしまった。

 そして、キリーは服をしばらく眺めた後、意を決したように服を着替え始めた。

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