第4話 手遅れ寸前
「えっ、僕、女の子になっっちゃったの?!」
奴隷の少年だった少女が驚いている。
「そうだね。魂に宿る力を余すことなく発揮できるように変化させたら、その姿になったというわけね」
ヴァルラはそう言いながら、自分の予備の寝間着を少女の頭からすっぽりと着せる。さすがにいつまでも素っ裸でいさせるわけにはいかない。せっかく助けたのに風邪を引かれては意味がないのだ。
「君は実に危ない状態だったんだ。あのまま放っておけば、体の中で行き場を無くした魔力が、いつ暴発するとも限らんかった。急激な感情の変化に巻き込まれて爆発していたら、それこそとんでもない魔力災害を引き起こしておっただろうからな」
服を整えながら、ヴァルラは少女にそう話した。
すると少女は、おそるおそるヴァルラに質問する。
「魔力が爆発していたら、一体どうなって……いたんですか?」
「街一つくらいなら、跡形もなく消し飛んでいただろうな」
「ひっ!」
ヴァルラからの返答は、割と洒落にならないものだった。街一つが跡形もなく消えるとは、大型爆弾が意思を持って歩いているのと変わりがない状態だったらしい。少女は体を震わせる。これだけ恐ろしい話をあっさりされて、怖がるなという方が無理だ。
「そういうわけだ。少女になったとはいっても君は君だ。これからは私の助手として生活してもらうよ」
「はい?」
ヴァルラの言葉に、少女は変な声を出して首を傾げた。しかし、ヴァルラは動じていない。
「君の潜在能力を引き出すためだ。私の助手をしながら魔法などの技術を磨いてもらう。……っと、君の名前は何というかな?」
いろいろと説明しながら、ヴァルラは思い出したかのように少女に名前を尋ねた。ところが、名前を聞かれた少女は顔を伏せて目を逸らしてしまった。
「そうか。思い出したくもないか。森に捨てられていた事を考えれば、当然かも知れないな。……そうだな、私が君に名を与えよう」
少女の仕草に悩んだヴァルラは、名乗れないならこの機に、少年から生まれ変わった目の前の少女に新たな名前を与える事にした。
しばらく考えて、ヴァルラは少女の頭に手を置く。
「君の名前は『キリー』だ。魔法の詠唱にも使われる古代語で『樹木』を意味している。君を見つけた場所が森であるし、木は大きく成長する。潜在能力の大きな君には、ぴったりだと思うんだ」
ヴァルラは頭を撫でながら、優しく微笑みながら少女に告げる。その手のぬくもりに、少女は少し呆けてしまったようだった。
「さて、君はもう休みなさい。私は今から、君の服を仕立てるとしよう」
そう言って、ヴァルラはキリーの頭から手を離した。
「君はもう奴隷じゃない。これからは君自身の手と足で生きていくんだ」
そう言われたキリーは、わなわなと震え始めた。そして、堰を切ったように大声で泣き始めた。泣きじゃくるキリーを、ヴァルラはそっと抱きしめる。そして、落ち着くまでそのまま待ち続けた。
(ここまでとはな。よほど今まで辛い事ばかり経験してきたのだろうな)
結局、キリーが泣き疲れて眠るまで1時間を要した。その間もヴァルラは、何も言わずにキリーをしっかりと抱き続けていたのだった。
泣き疲れたキリーをベッドに寝かしつけると、ヴァルラはそっと部屋を出ていく。そして、自室に戻ると鼻歌を歌いながら、裁縫を始めたのであった。
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