第22話

 そうだ、研治は普通なのだ。

 自分は可愛いから、もしかしたら研治と恋人になれないかなどと夢物語を描いていた自分を笑いたくなる。それは研治も自分と同じだったらという前提が必要となってくる。だが実際、そんな確立は極めて低い。

 しかし、諦めが悪くいつもポジティブを信条にしている鈴音は思った。自分はそこらの女子よりも可愛い。それに研治の友達の研と従兄弟同士だという繋がりがある。研治が女好きだろうが、決してその女たちに負けはしないし、むしろ研治を自分に惚れさせてやる!と。

 まずは友達から・・・・・・と思い、上目遣いを駆使して問うと『ダメじゃない』と言われ、やったと内心にやりと笑う。

 そして同時に、自分の『必殺うるうる懇願』の効果があったのか、『ダメ?』と行った時の慌てた様子に胸がきゅんと甘く打ったのを思い出す。キリッとした見た目で可愛らしいという言葉は似合わないのに、その焦っておどおどとしている姿にかわいいと思ったのだ。

 頭を撫でられまだ頭がほわほわと温かい中、研治と並んで家まで歩く。

 まだじりじりと太陽の熱は高く、じめじめとした空気は汗で肌をべたつかせて不快だ。でも、鈴音は裕の家までの道が、もっとずっと続いていたらいいのに・・・・・・と思った。そうしたら、ずっと研治といられるのに。

 もっと研治のことを知りたいと思い質問を投げかけようとしたが、そういえば研治は今日学校で何をしていたのだろうという疑問が浮上する。鈴音がメールをしたとき、研治は学校にいたのだ。

研は今日も補習だと言いながら、怠そうに家を出ていったのを今朝見かけた。せっかくの貴重な裕の手作りを胃に流し込むようにして食べていたので、思わずもったいないと指摘したら思いきりむっとされたのを思い出し、再び怒りが舞い戻ってくる。

二人が顔を合わせると大抵はこうなるのだが、朝の研の機嫌の悪さは最悪だ。特に学校に行かなければならないなど強制的に起きなければならない時は機嫌の悪さは一入である。

『いや、何研のことを考えているんだっ』

そこで研の方向へ向いてた意識を一端切り離す。今は研治についてもっと情報を得たいのだ。研治が補習だなんてことはあるまい。ならば、一体どんな理由で学校に行っていたのか。自分もしばらくしたら行くことになるかもしれない場所であるし、なにしろ学校での研治の様子を知りたいのだ。

まだ喋り慣れず少し恥ずかしさを持ちながら問いかけると、彼は躊躇いがちに答えてくれた。

「学祭・・・・・・?」

「そう、学祭の準備。それに駆り出されてたんだよ・・・・・・」

 どこか面倒くさそうな口調に、鈴音は『ああ、研治はそういう人なんだな・・・』と感じた。学園祭など、生徒が盛り上がるであろう学校のイベント。そういう風に人と盛り上がるのが、苦手なのだろうか。

 実を言うと、鈴音もその類いのものが苦手であった。そもそも鈴音には親しい友達もいなかった。男子は歯ぎしりして悔しがるだろうが鈴音には女子友達の方が多く、女子生徒と話をしている時間が多い。

 大半は最近新しくできたカフェやショップ、可愛らしい商品の話題だ。見た目に加え、可愛い小物などにも興味のある鈴音には、男子生徒との会話の方が難易度が高い。だが、女子の中で話しているからといって、鈴音自身居心地が良いとも言えなかった。女子たちの話題は、最終的に恋バナに移っていくことが多く、そうなると鈴音は居場所がなくなってしまうのだ。

 鈴音は自分が男を好きだとカミングアウトをしていない。いくら可愛くても、恋愛対象は女だと思われているのだ。きゃあきゃあといってはしゃぐ彼女たちを見ていると、世の男は彼女たちのような女性を選ぶのだろうとどこか悲しくなってきてしまう。どれだけ可愛くても自分は選ばれない。

 中学以前に、昔から我儘な性格だった鈴音は友達を作ることが下手で、だからこそ裕にべったりだったのかもしれない。だからこそ、そんな裕を取られた気がして研を目の敵にしているのかも・・・・・・っと、自分はまた何を考えているのか。

 ふとした瞬間に何故か大嫌いなはずの研のことで頭がいっぱいになってしまい、その意味不明さに苛立った。

 気を取り直して研治にさらに学園祭のことについて尋ねると、どこか他人事のように話す研治。その横顔は、うんざりしているように見えた。見間違いかもしれないけど。

 研治ほどのイケメンは、クラスの女子たちに囲まれてそれで疲れてうんざりしているのかもしれない。鈴音はそう考えた。

 普段は男子同士、特にあのどダサい研と付き合っているので女子はさぞかし近寄りがたいだろう。しかし学園祭の準備では役割は別れ、いつも声をかけられない女子たちでも研治に話しかけるチャンスがやってくる。その機会に乗じて、皆自分をアピールしているのかもしれない。

 勝手にそう思うと、彼女たちに取られる前に自分を好きになって貰わなくては!と焦りが沸いてきた。

 そして別れ際、夏の間だけでもまた会って貰えないかと尋ねると今日一番の笑顔を向けられ、『いいよ』と言われた時なんかは心臓が爆発してしまうかと思ったほど嬉しかった。

 主旨が違ってきてしまっているかもしれないが、鈴音は何が何でも研治のいる高校の試験に受かろうと、勉強に火をつけたのだった。


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