第23話
☾ ☾ ☾
チッ、チッ、チッ
静かな室内に、時計の秒針が動く音だけが響く。秒針が刻むリズムよりも速い速度でシャーペンの芯が滑らかな紙の上を動いていた。
下ではリビングのテーブルで鈴音が課題をやっている。しかし先ほどから微かに独り言のような声がぼそぼそと聞こえていており、少し気になりつつも裕は問題を解いていた。もう少しで居間の問題を時終わる。時計を見ても、時間内に全て終わりそうだった。
「ふぅー・・・・・・」
ペンを置いて背伸びをし、さて採点をしようと参考書に触れたとき、下からがさごそというやや大きめの音が断続的に聞こえてきた。一体鈴音は何をやっているのだろうか。
荷物でも整理しているのかも、と思いながらも赤ペンに持ち替え、解答を見ていく。
全て採点し終わる頃、大きな足音が階段を駆け上がる音が響いてきて、一気に裕の自室の扉が開かれ思わず驚きに声が漏れてしまう。
「裕兄ちゃん!僕、ちょっと出かけてくるね!!」
「えっ!?あ、ああっ、わかった。気をつけてね。あっ、帰るのって何時頃に――」
『夕方ぐらいー』と言いながら、裕の返事も碌に聞かずにすぐさま階段を駆け下りていき、玄関の扉が閉まる音がする。本当に鈴音は動作が速い。
裕は突然通り過ぎた嵐から、意識を手元の参考書に戻し、次の単元に取り掛かることにした。
それにしても、鈴音が外に出た理由はなんだろう・・・・・・。
問題に集中したいのに、どうしてもさっきの鈴音の行動が気になってしまう。何をあんなに急いでいたのか。
それに、鈴音の服装も気になった。持ってきた中でも、かなりお洒落なものを組み合わせていたのだ。
まさか、ね・・・・・・。嫌な予感が頭を過ぎったが、研は今日も補習だし、第一外で『研治』になれるはずがない。
無駄な想像は止めておこう、そう裕が思ったとき、ピコンと鞄の中にあった携帯電話が鳴った。
見ると、画面上には研からのメール。
『兄さんごめん。昼帰るって言ってたけど、今日遅くなる。多分夕方』
と来ていた。
『夕方』・・・・・・。
文面を見て、急いで出かけていった鈴音の言葉を思い出す。
まさかね・・・・・・
先ほどよりももやもやとしたものを胸に抱え、裕は再び問題に取り掛かった。
「んん~!!裕兄ちゃん、これすっごく美味しい!!」
「いや、今日はほとんど研が作ったから・・・」
裕と研が作った料理を一口食べ、鈴音はピンク色の頬に手を当てると顔を緩ませた。テーブルの下から見える足はパタパタと振られている。とても上機嫌のようだ。
彼が帰ってきたとき、上機嫌の理由はわかった。おそらく今日、『研治』に会ったのだろうと。
家に帰ってきた研は、すごく、くたびれて見えた。
夕方5時頃、太陽が傾き窓から光が差し込んできてそれに眩しさを感じ、裕は勉強を切り上げて部屋のカーテンを閉め始めた。
そろそろ夕食を作り始めようかとエプロンを着けたところで、玄関から扉が開く音と共に鈴音の元気な声が聞こえてくる。頬は薔薇色に染まっていて、顔が緩みきっている。その顔で裕は悟った。
嬉しそうに冷蔵庫から取り出した茶を飲みながら、研治のことについて話し出す。裕は柔らかい表情と声色に努め、当たり障りのない返事を返しながら料理の下ごしらえをしていた。
そこに再び玄関の扉が開く音がし、疲れた様子の研が『ただいま・・・』と呟くほどの声で零した。
部屋で着替えてきた研がエプロンを着けて裕に並び立つと、『兄さんごめんね、忙しいのに』と耳を垂らした犬のようにしゅんとする。鈴音と外で何をしてきたんだ!と問いただしたい気持ちだったが、その姿を見てすぐにその心は萎んだ。
研も好きで研治を演じているわけではない。きっとやらざるを得ない状況になってしまったのだろう。なのに、帰ってきてすぐに裕を気遣ってくれる研に、勉強漬けでやや下向きになっていた気持ちが癒やされた。
気を取り直して、研といつものように食事を作る。後ろでは鈴音が鼻歌を歌いながら課題に取り組んでいたが、二人の空間はいつものようで、裕はどこかほっとした。
だが、研の様子に何となく違和感を抱く。基本鈴音がいると機嫌が悪くなりその様な雰囲気を漂わせるはずなのに、今日はどこか浮かれているような感じである。
もしかして、鈴音と何かあった・・・・・・?
聞きたくても聞けないこの状況がもどかしい。
今日二人で何をしていたのか、どんな会話をしたのか、詮索したい気持ちと共に、裕の中に漠然とした不安が広がっていった。
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