第20話
テーブル上の小さなベルを鳴らし、店員に二人分の注文をする。店員は再び上擦った声で注文を反復してから、キッチンの方へと姿を消した。
「・・・・・・」
店員がメニュー表を下げたのでテーブルには何も目を向けるものはなく、一気に沈黙の世界に陥る。何か話しかけた方が良いのか、それとも鈴音の話したいことについて訪ねた方が良いのか、この様に裕以外で人と二人きりになる時間が今までなかったため、研は初めて体感する緊張感に手先の温度が下がるのを感じた。
「お待たせ致しました。チョコレートパフェをご注文の方――どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
やや本調子が戻ってきたらしい店員が鈴音の前にチョコパフェを、研の前にコーヒーを置くと伝票を端に置いてその場を立ち去っていった。
「ん、おいしー!」
上に乗っている巨大なソフトクリームを小さなスプーンで掬って口に入れ、鈴音は上機嫌にそう言った。よくは見えないが、おそらく女子高校生のように頬を押さえて笑顔を作っているのだろう。
研は、湯気の立ち上ったコーヒーを口に含み、その独特な深みのある苦さを舌に吸い取った。
「あのね」
しばらくしてだろうか、突然鈴音がぽつり、と口を開いた。
「研治さん、僕と――
研は傾けていたカップをソーサーに戻し、見えないものの正面の鈴音を捉えようと顔を上げた。
「友達になってくださいっ!」
「へっ?」
一体、何を言い出すのだと頭が真っ白になる。
「ダメ、ですか・・・・・・?」
「だっ、ダメじゃないよっ」
涙を含んだ鼻声でそう言われ、人慣れしていない研の脳内は早くもキャパオーバーになっている。すかさず返事を返してしまった。少しだけ、返事が弱っぽくなってしまったのは後悔しても遅いが。
「よかったぁ~~・・・・・・」
心底嬉しいというような声でそう言われ、『友達になって』など言われたことのない研は、心がどこか温かくなったような気がした。心を形作るその外側が、ほわほわと暖かい。
ともだち、友達かぁ-・・・・・・。もしかしたら初めての友達かもしれない、まぁ従兄弟だけどと思いながら研はコーヒーを飲み干し、鈴音がパフェを食べ終わるまで待っているのだった。
「ごちそうさまでした!美味しかった!」
「それはよかった」
勘定を支払う際に鈴音は渋ったが、年上だし彼はまだ中学生なので研が二人分を支払った。申し訳なさそうにしていたが、気にするなと言う代わりに丁度良い位置にある頭をわしゃわしゃとかき混ぜると、びっくりしたが恥ずかしそうに笑った。
なんだか、弟ができたみたいだ・・・・・・。研は裕よりも背の低い彼を見て、そう思ったのだった。
それから天野家の前までの道を、鈴音からの質問に答えながらゆっくりと歩く。今日は学校で何をしていたのかという質問に対しては、補習とは言えず『学祭の準備』だと適当に誤魔化してしまい、そこから学祭についての質問攻めに遭ってしまった。
夏休みが明けたら学園祭が近いのは事実である。しかしクラスにいてもいなくても変わりがない研は、ほとんどクラスの出し物の準備に参加することはなく、詳細に自分のクラスが何をするのかわからなかった。が、わかる範囲で答えていくと鈴音は満足したように礼を言ってきた後『いいなぁ・・・・・・僕も行きたいなぁ』と零した。
家の前まで来ると、どちらからともなく足が止まる。
「その、これからも・・・・・・夏休みの間だけだけど、僕と一緒に遊んでくれま、せんか・・・・・・」
自信がなさそうに尻すぼみになっていく言葉。
そんな弱々しい態度、普段なら自分が取っているのにと少し可笑しくなり、よく考えずに『いいよ』と返事をしてしまった。それは後々後悔するのだが、今研は初めての友達に頭がぽわんとなっているので、そんなことを考える余裕はないのだった。
『じゃあ、また』と言って鈴音と別れ、メガネを掛けるとまた公園の方へ歩いて行く。そしてすぐトイレへ入り、無造作にゴムで止めてあった前髪をほどいた。
適当に縛っていたからかさらに変な癖がついており、整えるのが面倒になってバサバサと手で前髪を広げさせる。多分元通りになったのを確認し、研は家へと向かって急いだ。
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