第19話

 ***


 会おうと言ったものの、実際この姿で会ったら問題になることはすでにわかっている。なので研は、即席で『研治』を作ろうと学校を出てすぐ手近な店に入り、髪を結ぶゴムを適当に調達した。

 待ち合わせ場所となっているのは天野家の近くにある川にかかっている橋。研は変装をするため、学校から待ち合わせ場所までにある公園のトイレに駆け込んだ。

 少し汚れている鏡を覗き込み、いつも裕がやるように見よう見まねで癖のある前髪を束ねていく。研の髪の癖は相当なもので、束ねても束ねても次から次へと手から髪が零れ落ちてしまうのだった。

 時間も迫ってきて焦る一方、手間取り苛つき始めた研はガシッと乱暴に前髪を掴むとゴムですぐさま根元を縛った。

「ふぅ-・・・・・・こりゃあ大変だ・・・・・・」

 涼しくなった額には、汗が滲んでいる。すこし不格好だがもう時間もないので、研はそのまま待ち合わせ場所に向かうことにした。

 そろそろと歩いて行くと、橋から下を覗いている鈴音の姿が見えてくる。研は並木に隠れ、忘れないようにメガネを外して鞄の中に入れ、足下に注意をしながら近づいていった。

「おまたせ。ごめんね」

「っ!だ、大丈夫、デス・・・・・・」

 こちらに気づいた鈴音が後半を小さな声で言いながら俯いた。

「どっか、喫茶店に入る?」

 小さく頷いたのを確認して、研は裕と時々入る家の近くの喫茶店へ鈴音を案内した。扉を開けると、カランと軽やかな音が聞こえ店員の明るい声が響く。

 だが次の瞬間、店の中がザワついたような気がした。一斉に店内にいる全員に見られているような心地になり、非常に気まずくなる。が、身体を近づけ扉を潜ってきた鈴音の『うわぁ~お洒落~!』という声に下げかけた顔を上げ、お気に入りの席へと歩いていった。「ご注文はお決まりですか」

「いえ、まだ・・・・・・」

 いつも裕と来るときにいる店員のはずだが、なんだか今日は声の調子が高い気がした。普段裕と来るときも、彼女は裕の顔を見て顔を真っ赤にして注文を聞く。だが今日は、何故かその時よりも緊張を含んだような声色だった。

 鈴音が一緒だからだろうか。メガネのない今、店員の顔を見ることはかなわなかったが、なんとなく気になり遠ざかっていった彼女を目で追ってしまった。

 テーブルに置かれた水を一口含み、メニュー表を広げる。正面に座る鈴音に何がいい、などと聞きながらメニュー表の全く読めない文字をぼんやりと眺めていたが、何やら今日は、店内が騒がしい。

いつもはこれほどまで人の声は気にならなかったはずだ。まさか、自分の素顔があまりにも酷いからじゃないか・・・・・・、と、研は頭の先から血の気が引いていくような心地になった。今の研は家にいるように前髪をゴムでとめ、メガネを外し完全に素の顔を晒している。それが見るに堪えないから、皆影でヒソヒソと悪口を言っているのではないか。

そう思えてくると、手が震えてきた。

「僕、チョコレートパフェにする!研治さんは?」

「おれ?・・・・・・俺はコーヒーにしようかな」

 僕コーヒー飲めないんだ、研治さんは大人だねとほんわかとした声で言われ、緊張していた心が少しだけ緩んだような気がした。顔は見えないが、鈴音の声の色から嫌悪は見えない。ならば、店が騒がしい気がするのは気のせいなのかもしれない、と思うことにした。

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