第15話

 あ~自分は何をしたかったんだろう・・・と怒りが冷めてから自分の子どもっぽい態度に恥ずかしく思った。リビングに戻ると、テーブルの上には裕が用意してくれた麦茶の入ったコップがそのままの状態で置いてあった。

 汗をかいているコップを手に取って中身を飲み干し、水が輪になっている場所に戻す。そして気を取り直した鈴音は、リュックサックから課題の束を取り出しテーブルの上に放り投げた。


「っふ~、やっぱ夏に風呂ってあっついね。あれ鈴、勉強?偉いね」

「裕兄ちゃんっ!」

 風呂から上がったばかりの裕は、周りに湯気を漂わせていて、頬は上気し目も潤んでおり、大変大変色っぽかった。思わず目を逸らしてしまいそうになるぐらいに。

 冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぎ、ゴクゴクとそれを飲み干す喉に目が行く。コップを口から離したときに見える、濡れた唇にもどきりと胸が鳴った。無意識にとてもセクシーな裕を見て心臓がドキリとしたが、これは恋のときめきではないな、と鈴音はどこか感じた。脳裏に浮かぶのは一目惚れしてしまった相手である研治。自分が寝ている間に消えてしまった人のこと。

 研治だったら、風呂上がりにどんな風にお茶を飲むのか。上下する喉仏に、胸がうるさく騒ぎそうだ。コップから離した後の濡れた唇なんか見たら、自分は我慢できないかもしれない。

 ごくり、と知らない間に唾を飲み込んだが、そこで心の隅にズキとした痛みも生じた。目の前のすごく魅力的な人――裕。自分はどう頑張っても彼のような美人系にはなれず、いつも元気な可愛らしい感じの印象が付きまとう。

 研治は裕さんのような色っぽい人が好きなのだろうか・・・・・・。

思い出すのは昼間、レストルームから出た後リビングにいなかった研治を探し裕の自室を覗いたときのこと。机に向かう裕の背中を覆うように曲げられた上半身は大きく、まるで寄り添う恋人のような雰囲気だった。杞憂だと、思いたい。


初めて裕に感じてしまった嫉妬から、思わず下唇を強く噛んでしまった。


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