第8話
☾ ☾ ☾
「ただいま~!」
裕がやきもきハラハラしながら研の帰りを待っていると、玄関から鈴音の元気な声が聞こえてきた。研は一体どのようにして誤魔化したのであろう。
つゆを買いに行った時点で、おそらく鈴は昼食を食べるつもりなのだろう。そうでなくとも、これからこの家に住むのだ。とすると、研と帰る場所は同じ。
ばったり会って上手く誤魔化したとしても、先に研が帰ってこなければ研のダサい姿に戻れないが、先に帰ってきたのは鈴。どうしよう・・・・・・と内心焦りながら玄関まで行くと、そこには信じたくない光景が。
「どうしたの・・・・・・それ」
「ふふっ・・・そこでばったり会っちゃって♡研治さんも一緒に食べるんでショ?」
玄関には、死んだ顔をしている研の腕に自身の腕を絡ませた鈴が、満面の笑みで立っていた。
“研治”って誰だ・・・・・・
☆ ☆ ☆
つるつるつるっ
「っあー!やっぱ夏と言ったらそうめんだよね。暑いと食欲も湧かないけど、これは食べれるなー。ねっ、研治さん♡」
「ゴフッ!ん?あ、ああ・・・・・・」
「そう言えば、研治さんってあの研と友達なんだよね?信じらんないよ、こんなイケメンと友達だなんて」
隣で自分のことについて言われ、研は再び盛大に咽せてしまう。正面に座る裕からの視線もつらい・・・。
腕を絡められ帰る途中色々聞かれた際に自分で墓穴を掘りまくり、研と同じ学校に通う友人ということにしてしまった。
さらに裕とも交流があり、時々天野家にお邪魔するということも。お邪魔もなにも、自分の家なのだが。どうでもよさそうに『今日研は?』と聞かれ、このまま家まで共に行くのに研の登場は不可能だと思い、咄嗟に『補習で夕方まで学校』と嘘をついてしまった。
そっかーと鼻歌交じりに足取り軽く歩く鈴音に、嘘を吐く罪悪感を抱きつつも、前もって言われていたらこちらも準備できたのに・・・と文句を垂れる。
まぁ、前もって言われていたら断っていたけど。
「っ!」
先ほどのことを思い出していると、突然箸を持つ手にピトリとした感触が襲いびくりと身体が強ばる。その手の持ち主は言わずもがな、隣に座る鈴音である。
「研治さんって、手、大きいんですね」
メガネがないからどんな表情で言っているのかわからない。が、聞き間違えていないのだとしたら、今のはうっとりしているように感じた。
なんだろう・・・不気味だ。自分に対するこんな鈴音、見たことがない。実際今は別人のフリをしているのだが、実は正体がバレていてからかわれているのでは・・・・・・と悪い予感がぞくぞくと背中を走り回った。
☾ ☾ ☾
一方裕は、目の前で繰り広げられている光景にこめかみ辺りの血管が波打つのを感じた。
鈴音は隣にいる研のことを、完全に別人だと思っている。
しかも、“研治”って誰だよ・・・・・・!
鈴音が研にメロメロになって帰ってきた姿を見てから、おそらく別人のフリは成功したが研の誤魔化し方が甘かったのだろうと理解をした。きっと鈴音の詮索に頭がパニックになり、墓穴を掘ったのだろう。それに、『研』は夕方まで帰ってこないことになっているし。
二人で食べる予定だったそうめんを半目になりながら勢いよく啜る。研は本意ではないにしろ、二人のイチャイチャを見せつけられ、裕はハンカチを噛む心地だった。
つゆに長い間浸かった麺はくどくなっており、顔を歪めながら透明なつゆに箸を差し入れる。
あーあ、めんつゆの賞味期限が切れてなければこんなことにはなっていなかったのに・・・・・・。
研治などという架空の人物に心を奪われたらしい鈴音を横目に、裕は青い空が眩しい、閉め切った窓に顔を向けた。そこから微かに五月蠅さが薄まった蝉の声が聞こえてくる。
ああ・・・きっと鈴のいる夏休みは、長いだろう・・・・・・
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