第7話 お姉様さようなら!

 わたしは御者に頼んで、馬車を繁華街へ向けて走らせてもらう。

 どうせわたしは愛人のバカ娘、宝石でも買うと思われてるんでしょうね。


 安物のイミテーション以外買ったことないけど。

 イミテーション貴族令嬢には、そのへんがお似合いだもの。


 その途中で通るこの辺り、走りにくいのよね。

 道がくねくねしてて幾つも別れてて。

 しかも馬車も人も通行量も多いし。


 すれ違おうとする度に馬車は立ち止まる。

 何度も何度も止まる。


 わたしは、止まったタイミングで馬車からこっそり降りた。

 馬車はわたしが抜け出したのに気づかず、走って行った。


 腕のいい御者なら重さが変わったのにすぐ気づくだろうけど、流石は節穴のお父様が雇った御者だけあって、気づきゃしない。


 わたしは走ってる馬車から煙のように消えたってわけ。

 きっと、あの御者、責任感なんか皆無。

 わたしがいなくなったと気づいたら、責任とりたくないでしょうからこのままトンズラするでしょうね。


 さて。


 馬車の中で、平民の格好に着替えてある。持ってるのはカバン一つ。

 着ていたドレスは、ボロ布に包んでから、ゴミを燃やしてた穴へ放り込んだわ。

 

 一瞬で火がついて燃え上がってパァ。


 あーあ。

 古着屋に売ればそれなりの値段になったのに。

 ちょっと残念だけど、足がつくのはまずいし。


 すっきりした。


 遊び呆けてるバカな両親が帰ってくるのは深夜。

 浮かれ騒いで酔っ払って、ベッドの中へバタンキュー。

 もしくは元気があまってりゃ、その場でぎったんばっこん。

 わたしがいないのには翌日まで気づかない。


 たぶん数日経って。

 バカな両親は部屋に残しておいた手紙を読むでしょう。

「真実の愛を見つけたんで駆け落ちしまーす」

 って書いてあるやつを。


 バカな愛人のバカなアバズレ娘にふさわしいでしょ。


 そんなわけでわたしは消える。

 名前も捨てて、遠いところに行っちゃうの。


 だって、わたしは、本当に、お姉様が大嫌いなの。

 二度と関わりたくないの。


 あんな能力があるのに、奴隷みたいな顔でへこへこしてる気持ち悪い人と。

 そのたぐいまれな能力で、わたしたちみたいな凡人をたちまち堕落させる人と。

 無意識の誘いウケのマゾ女と。


 無自覚な化け物ほどこわいものはいないわ。


 逃げるわ。


 お姉様のせいですっかり堕落したお母様とお父様にはつきあえない。

 救えない。


 お姉様を手放したあの家はめちゃくちゃになるでしょう。

 断末魔のところへ襲いかかってくる侯爵様の正義の制裁。

 お母様もお父様も、身分は単なる平民。

 平民が貴族をいたぶってたら、当主とその夫人みたいにふるまっていたら。

 横領で死刑確定だもの。

 元婚約者様も、お姉様の能力で9割9分底上げされてたから、いなくなったら失墜確定でしょうね。


 まきぞえはごめんだわ。


 だから、わたしは戻るの。

 一瞬見せられちゃった華麗な悪夢を捨てて、わたしがいるべきところへ戻るわ。

 外国へ行って、うぞうぞと有象無象の平民のひとりへ戻るわ。


 あーあ。

 わたしが貴族のお嬢様とか、まぁ夢よね。夢だったのよ。


 最初、あのお屋敷へ連れられてった時と違うのは、ここ一年で少しずつためた金がカバンに入っているところだけ。金目のものは足がつくし盗品だと思われたらヤバイからもっていけない。


 あとこっそり用意しておいた隣国への旅券。


 そのまま王都の外れにある長距離乗り合い馬車の乗り場へ。

 隣国へ運んでくれる馬車を待つ。

 待っている人達はみんな疲れ切った顔をしている。

 その中のわたしはひとり。

 化粧を落として地味な服を着て髪をボサボサにすれば、わたしは有象無象のひとり。


 この先、どうなるかなんて判らない。

 でも、まぁ、もともとわたしはスラムの娼館育ち。なんとかなるでしょう。

 それにこの歳月で平民は滅多に身につけていない読み書きと、隣国の言葉も身につけたし。


 代書屋とかいいかもね。

 観光案内でもいいや。

 商店にでも就職できれば上等。


 いざとなれば女一人。なんとでもなるわ。

 もうとっくに生娘でもないしね。


 あ。馬車が来た。


 旅券をあらためられたけど、係員はちらっと見ただけ。

 隣国はこの国より豊か。

 だから貧しい人が出稼ぎにいくのはよくあること。

 化粧をおとして、やぼったい服になった私は、そんじょそこらの小娘でしかないもの。


 たちまちわたしは馬車の中の人。

 みるみるうちに遠ざかっていく王都。


 さようなら、お姉様。お元気で。


 わたしは何でも持っているのに自分のためには何もしないあなたが大嫌いでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お姉様が大嫌いだから、評判の悪い侯爵様のところへ嫁に出してやりました。 マンムート @NOMINASHI

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ