第6話 お姉様を送り届けました!


 侯爵様の恐ろしい噂を話してしまえば、もう話すことなんかない。

 人のカタチをした恐ろしいナニかと、これ以上同じ空間にいたくない。


 お姉様はうつむいたままで、わたしは窓から外を見たままで。

 イライラする沈黙を乗せて馬車は走って――


 ああ、ついたわ。

 あの大きいけど、ひっそりとしたお屋敷ね。

 噂の侯爵様がいるのは。


 俯むいたままのお姉様に言ってやる。


「ついたわ。あれがこれからお姉様が住むお屋敷よ」


 これで、この人の顔を二度と見なくてよくなるのね。 


 なによ。哀しそうな顔なんかして。


「さようならお姉様。お元気で。二度とわたしの前に顔を出さないでね」


 そう言ってやったら、仕事に必要な書類がどこにあるかとか言い出した。


 おやさしいことで。


 だから、うるさいわ、と黙らした。


 はっ。わかってるんじゃない。自分がいなくなったら大変だって。

 だったら、こんな事態になる前に言いなさいよ。


 言っても無駄か。


 妙にいい気になってるお父様とお母様は聞きゃしなかっただろう。


 もちろん、わたしとお父様とお母様はクズだ。

 でも、考えてみると、このひとだって、わたしらと交流しようとか一度もしなかったよね。

 しても無駄だったとは思うけど。

 せめて、わたしが手伝ったり話しかけようとしていた一年めくらいだったら……。


 もうどうしようもないことね。


 今、わたしはさぞや醜い顔をしているでしょう。

 お姉様をこの天使で悪魔をわたしの人生から追い出せたんだもの。

 人を追い出して喜ぶなんて、カスだもの。


 でも、わたしはお姉様を嫌いだから。

 心底、大嫌いだから。


 能力も美貌も地位も友情も何もかも持っているアンタが大嫌いだから。


 おおきな屋敷から執事と侍女が現れたのを確認してから、降りようとしてもたもたしてる背中を押してさっさと追い出す。

 足元にちいさなかばんを放り投げてやる。


 何か言いたげに振り向いた目の前で


「二度とわたしの前に現れるな! 」


 と怒鳴りつけて、馬車の扉を叩きつけるように閉めてやる。


 ああ、やっとこれで見なくて済む。

 恐ろしい、お姉様を。

 今のわたしの声は悲鳴だった。


 でも、わたしがアンタを怖がってたなんて、想像もしていないでしょうね。

 これまでも、これからも。


 それにしても、迎えに出てきた侍女や執事をちらっと見たけど、新しく雇ったうちのゴロツキの侍女や執事とちがってちゃんとした使用人達ね。

 付け焼き刃のお嬢様のわたしより、ずっとずーっと行儀いいわ。

 屋敷もひっそりしてるけど、手入れは行き届いてる。

 これだけ大きなお屋敷をちゃんと維持してるんだから、質が高いし統制もとれているのね。


 使用人は主人の鏡だっていう。

 とすれば、侯爵は悪評通りの人物じゃ無いんでしょうね。

 ま、判ってたけど、自分の目でも確認できて良かったわ。むかつくけど。


 娼館でいくつかのことを学んだけど、そのうちひとつは、『余りに人間離れした噂は信用するに値しない』ってこと。


 お姉様のお相手である侯爵様。

 いろいろ悪評まみれだけど、何かいかにもな事情があって誤解されてるだけみたい。そうじゃなきゃ使用人達はちゃんと働かないもの。


 侯爵様がまともなお貴族様ならば。

 姉様の能力に気づいて、溺愛とかになるんでしょ。

 お姉様にほだされて、その能力にも気づいて、お姉様に助けられちゃうんでしょう。

 そして、お姉様も侯爵様に惹かれてっちゃうんでしょう。

 初夜に「愛さない!」とか宣言しちゃって、そのために色々とゴタゴタするんだろうけど、結局は相思相愛になっちゃうんでしょうね。


 そんで、お姉様をひどくあつかったお母様とお父様を地獄に堕とすんでしょ。

 ついでに元婚約者様も。

 まぁそんなことしなくても、彼らはまるっと破滅するでしょうけど。


 そして、侯爵様に愛されたお姉様も柄にもなく自信とかつけちゃうんでしょう。

 そして、クソ家族と元婚約者にきっぱりと別れでも告げるんでしょう。


 はっぴーえんど。


 これは予想じゃなくて、ほぼ確定した未来。


 お母様とお父様のアホかつ横暴なムーブに耐えて残っている昔からの使用人達。

 昔からお姉様だけに忠義な使用人達。

 彼らが陰でこそこそ話し合っていた情報を、わたしこっそり聞いちゃったの。

 娼館生まれのわたしにとって、気配を立ち聞きは得意なの。


 彼らが集めた情報によれば。

 今は悪評だらけの侯爵様は、かつて文武両道の評判のいい人だったそうな。

 でも最初の婚約者に顔の痣を悪く言われて自信を失って、それ以来自暴自棄。

 引きこもり。

 それでも名家を守るため、親族達が余計なお世話で、次々と結婚のお膳立てを整えてくれてしまう。

 そのたびに相手のことを思っての愛さない宣言。

 だけど、そんな悪評まみれの相手に嫁ぐくらいだから女の方もロクでもない金目当てばかり。

 一年白い結婚しては、女からの三行半を突きつけられ、慰謝料として大金を払うはめに。

 侯爵様はますます女が信じられなくなって、自信も失せての悪循環。

 そんで、嫁のきてがどんどんなくなり、ついには遙かに格下の子爵家からの申し出に飛びついたってわけね。


 使用人の情報網はバカにならない。

 娼館だって、一番正しいのは度を超していない噂話だったもの。


 お姉様は、そういう意味でのタチが悪い女じゃないから侯爵様とうまくやっちゃうんでしょうね。


 お姉様は元来美しい。

 まともな生活すれば、たちまちキレイになる。

 性格も奉仕系のマゾだから、そういう面倒にこじらせた男相手でも逃げ出すなんてしないだろうし。

 うまくいい気持ちにさせて、絆しに絆して、そのうち何かの弾みで痣も治しちゃったりして。

 いつのまにか溺愛されて、相思相愛のカップルになったりしちゃうわね。


 はぁ。ずるいわ。ずるすぎるわ。


 もっとも、侯爵様がお姉様にどろどろにされて堕落しちゃえば別だけど。

 その時は、人間のカスがまた増えるだけのことね。


 でも、まぁそれはそれ。

 あとはわたしに関係のないところで勝手にやればいい。


 肝心なのはわたしのこと。これからどうするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る