第5話 お姉様ってば今すぐにも売れっ子になれるわ!

 わたしは娼館生まれ。

 お母様はそれなりに愛してはくれたけど、貧しい娼婦だから男相手に忙しかったし、お父様は月一くらいで通ってくる時だけそれなりにかわいがってくれる他人。

 身の回りのことは全部自分でやるしかなかった。


 だから、お父様の奥様が亡くなってすぐ、お屋敷に連れてこられて生活が始まって、びっくりした。

 全部ひとがやってくれて、全部用意されてるのなんて初めてだったもの。


 びっくりしたし、ここは天国かとすら思ったわ。


 家のなかのあれやこれやや、わたしの身の回りの色々をお姉様がやってるって気づいて、手伝いを申し出たこともあったけど、「これは自分の仕事だから」って断られた。

 無理に手伝ったこともあったけど、お姉様は何でも手早く、しかも正確で至れり尽くせり、わたしがやった分も、いつのまにか直されていた。


 何も言わず、注意もされず、徹底的に直されてると、やる気ってなくなるし、手を出すとかえって二度手間になって悪い気もしてきて。

 いつのまにか、お姉様にやってもらうのが自然だって、と思うようになった。

 一年経つと、自分で身の回りのことをするのを忘れ果てていた。


 楽ちんなんだもの。


 全部、差配してくれている人がいるなんて考えもしなくなっていた。


 自分が安楽になって、貴族っぽい怠惰に染まり出すと。

 いつもボロボロになって働いているお姉様が目障りになってきた。

 その姿にイライラするようになった。


 一年くらい前のある日。

 お姉様がバケツをなみなみと水で満たして運んでいるのを見て。

 こいつを転ばしてやったら面白いだろうと、思って。


 ゾッとした。

 自分が娼館でやられていたようなことを、人にやろうとしていたんだもの。


 わたしってば小さい頃から化粧もうまくて、ちょっとかわいかったから、男の人にはそれなりにチヤホヤされて、周りの同性から妬まれたり恨まれたりしてたから、いやがらせもしょっちゅうだった。

 そういうことをする人の顔は、みんなゲスで醜くて、ああはなるまいって思っていたのに。


 うわ……。やばい。

 わたしは、かなり歪んじゃってたんだなって。


 そういうわけで、わたし達は3人とも見事にダメになっていた。


 もしもだけど。


 わたし達の堕落がお姉様の思惑通りなら、ホント良かったのに。

 この人も復讐とか考えるのね、とちょっとは共感できたもの。


 憎い父親とそのケバい愛人と腹違いの妹のわたしを堕落させて破滅させるのが目的ならイライラもしないんだけど……お姉様はナチュラルにそうしちゃってるのよね。


 お姉様は、ひとことだって手伝ってとか言わなかった。

 堕落していくわたし達になんにも言わなかった。

 注意のひとこともなかった。

 ただ、愚痴も言わずほがらかに、せっせとくるくると働いていて。

 わたしたちを際限なく甘やかし続けた。


 天使?

 いや、悪魔だわ。

 バカな人間をいい気にさせて堕落させる悪魔。


 少なくとも、人間とは思えない。


 わたしは贅沢していい物食べて、いい服着て、ふかふかのベッドで眠って暮らすのが好き。

 見目のいい男が好きだし、気持ちいいのが好き。

 それってごく普通だと思うのだけど、ちがうのかしら。

 そういうのが全くない人は、まともな人間って言えるのかしら。


 少なくとも、わたしはゾッとした。凄く怖い。

 これは美女の皮をかぶった何かだ。


 お姉様の恐ろしさに気づいたわたしだったけど、あの異常な天国で暮らしてると、いつもオドオドしてるこの人をいたぶっていいような気がしてきちゃう。


 むしゃくしゃした時、おどおどした顔が目に入ると、罵声を浴びせたくなる手を出したくなる。


 お父様とお母様は容赦なくお姉様をいたぶってる。

 叩いて、罵倒して、転ばして、あるいは無視して。

 それを見ていると、やっぱりあっちが正しいような気がしてくる。


 近頃、だんだん抑えるのが難しくなってくる。


 この前なんて、めそめそしてる顔を思いっきりはたきなくなって、我慢するために庭に飛び出して、空を見て、深呼吸して、なんとか抑えたわ。


 ヤバイわ。


 このままだと、この可憐で綺麗なお上品な顔をゆがめて泣かせてやりたい欲望が抑えきれなくなる。


 お父様とお母様と同じになる。


 ほんと、ヤバイのよお姉様は。

 ダメ人間を更にダメにする魔性。麻薬女。

 先天的な誘いウケのマゾ。


 娼館にいたら、特定の客層に受けまくるタイプだわ。

 きっと娼婦としての才能も、わたしよりも上なんだろうと思う。


 ずるいわ。ほんとうにずるいわ。ずるすぎるわ。


 なんでも持っている上に、わたしが生きていくために仕方なく身につけたテクよりも既に才能あるなんて!


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