我らが求める幻油醸造法 〜Create the Fossil Oil of Phantasmagoria

「最近、石油の値段がどんどん上がって来てるわね」

私はそんなことを呟きながら雑誌を眺めていた。

「なに櫻葉さくや、あんた原油自動車でも買うの?」

いま現在、私と狐雪󠄁《こゆき》は私の部屋でゆったりしていた。

「いやいや、そんな無駄に高いだけの燃費の悪い車なんてお金持ちかよっぽどの車好きじゃないと欲しがらないわ」

原油の価格が漸増ぜんぞう中の現代、世間では電気自動車が主流となっている。人工低温太陽の創造成功に伴って、常温核融合が発明された。常温核融合は放射線を殆ど出さず、高電力を生み出す事が出来る。まさに人々が夢見た核融合だった。そうして、原子力発電が活発化した。それに伴い電気の価格は下落した。というより、家に常温核融合炉が常設され出したことによって発電会社は不必要になった。ゼロ円に等しい価値の物を商売道具にしようとする者は居ない。生き残ったのは水道会社だけだった。

「大体、石油の値段が上がってどうなるって言うのよ」

「そんなの大富豪になるに決まってるでしょ!」

「はぁ、人間ってどうしてあんな黒ずんだ暗褐色あんかっしょくの液体を好むのかしら」

狐雪󠄁は頭を振って呆れていた。

「暗褐色?私には黒色にしか見えないけど」

「はぁ、これだから真実から目を逸らす人間は」

私はその言葉に少し憤懣ふんまんさを覚えるが、これ以上言っても正直得られるものは無さそうと思い、口を紡いだ。

「あんな妄執と怨恨えんこんに塗れた液体の何がいいのかしら」

狐雪󠄁はそんなことを呟きながら、部屋に飾ってある曼珠沙華マンジュシャゲを眺めていた。

「......そう言えば、この街にある鉱洞こうどうって石油も掘れたのよねぇ」

私は石油の話をしながら市内講演でそんなことを言っていたことを思い出した。この街は、かつては鉱物によって経済を支えてきた、言わゆる鉱山都市である。

「...彼処あそこにあるのは醸造年数の浅い安物だけどね」

「醸造年数の浅い安物? 何それ?」

「そのままの意味よ、醸造を始めて百年も経たない脆弱ぜいじゃくな精神に塗れた液体でしか無い」

いつもの事だが、狐雪󠄁はどうも思考が一般人に比べ逸脱している。だから、何を言っているかよく分からないことがある。

「......てか、彼処にあるのは〜って事は、今もあるの!? 石油が!?」

「............あるわよ、身の毛もよだつ反吐へどが出る程の妄執もうしつと怨恨に塗れた液体が」

「やっぱりあるんだ! と云うより、何で狐雪󠄁はそんなこと知ってるの?」

「......見に、行ったから」

「見に行ったの!? 私も見たい!」

「.........見ても良いもんじゃない」

「私は見てないから良いもんじゃないと定義できない!」

私は強欲だった。自分でも分かるくらい、強欲だった。だから、狐雪󠄁の制止にも耳が傾かなかった。

「...本当に見て気持ちのいいものじゃないわよ」

「それでもいい!私は見て見たいの!」

量によれば、少しくらい持って帰っても...ね?

「...もうこれは一度現実を見せないと気が済まないか」

そう言って、狐雪󠄁は徐ろに立ち上がり、

「全然乗り気はしないけど、見に行こうか」

と言った。

「本当!? やったぁ!」

「先んじて言っとくけど、覚悟しておいて」

狐雪󠄁は真剣な顔でそんな顔をしていた。

狐雪󠄁はいつも石油という物を蔑視べっししている。


「うわぁ、思ってたより中暗いわねぇ」

私達は街にある鉱洞『夢寐紅洞むびこうどう』へやって来ていた。入口には七五三しめなわが張っている。

「どう? 帰る気になった?」

「いやいや、俄然がぜん行く気が増したわ」

そう言いながら、私は超伝導式ちょうでんどうしき浮遊光源ふゆうこうげん月虹げっこう』の電源を付けた。

「はぁ、七五三縄がなんのためにあるか知ってる?」

「入れってことでしょ? それくらい分かってるわ」

私は右手首に腕輪型うでわがた磁場じば発生はっせい装置そうちを取り付けながら、七五三縄をまたいだ。月虹が私の手の上で浮遊しながら、鉱洞内を浅葱色あさぎいろで照らす。意味分かんないと言いつつ狐雪󠄁も入ってきた。この鉱洞は金も銀も銅も取れたらしい。そのため、夢の鉱洞、『夢寐紅洞』と呼ばれ出した。別に鉱洞内が紅い訳でも、紅い鉱石が取れる訳でもないのに紅洞と呼ばれている。

「うっ、強烈な匂いがする...」

七五三縄を超えるまでは気付かなかったが、物凄い刺激臭がしてきた。

「うわ、久しぶりに嗅いだけどやっぱり嫌い...」

「硫黄とは違った臭いね」

「何言ってるの櫻葉、硫黄には臭いは無いわよ」

「あぁはいはい、臭いが有るのは硫化水素だったわね」

狐雪󠄁は何時も何処か細かい。識者しきしゃであるが故のさがなのだろうか。

暫く鉱洞内を歩いていると鼻が壊れ始め、段々機能しなくなって来た。私達の足音だけが無尽蔵の暗闇に呑み込まれる。歩いている時に私達は此処について話し合っていた。

「ねぇ知ってる? 私達の街って元は歴史的文化の街として栄える予定だったのよ」

「そうなの? てか、良くそんなこと知ってるわね」

「まあ私は博識ですから」

「いい加減│遠慮えんりょってものを憶えなさいよ...」

狐雪󠄁は何時も自己知識を披露する時は天狗になる。ちょっと来るものが有るけど、面白いから耳を傾けるものも多い。

「...それで、何で歴史的文化の街になる予定だったの? そんな古風なものあったっけ?」

「あったらしいわよ、この鉱洞に」

「此処に? あれ、ここは夢の鉱洞でしょ?それなのに歴史を優先? 昔は流行と華美の時代でしょ?」

昔の都会というものは流行を重視し、心移りの激しい脆弱ぜいじゃくな精神の街だった。それに比べ、現代は文化の不易ふえきと冷静で頑固な精神の街へを移り変わった。日本人は移り変わりの早い都会に嫌気が刺してしまった。そこで需要が高まったのが『京都』だった。京都は日本でも数少ない頑固な都だった。

「最初は見つけられなかったみたいよ、鉱洞を掘ってる時に古い鏡を見つけたーって言ってね。製造年月文化六年の鏡がね」

「文化って言ったら...江戸時代? 意外と最近の物なのね」

「いや製造方法が特殊で、その時の技術で作るのは不可能だって言われてて」

「そんなに凄い鏡だったの? でも結局歴史的文化の街になってないじゃない」

「最初は村全体で大盛り上がり、村長も乗り気だったんらしいけど...ある時急に村長が鏡をおおやけさらすことを却下したの」

「え? 乗り気だったのに? 何で?」

「鏡のことより鉱洞開発に手を入れるようになったらしいの」

「そうなの? 鉱物でも見つけたのかしら」

「最初の開発時は見つかんなかったらしいわ。だけど、二十年後もう一度開発した時に見つかり出したの」

「最初は出なかったのに二回目では出たの? 最初は開発が杜撰ずさんだったのね」

「そういう訳では無いわ。まあ鉱物が発見され出した理由は油田に着いた時に教えてあげる」

狐雪󠄁がなぜらすのか、狐雪󠄁が何処まで知っているか、疑問が私の中で湧いてきた。しばらく進むとさっきまで話していた鏡だろうか? 壁に一枚の鏡があった。

「あ、これがさっき言ってた鏡? 意外と小さいのね」

「鏡? こんな所に鏡なんてあったかしら?」

鏡を覗き込むと左側に月の髪飾りを付けた私と狐雪󠄁が映った。その鏡は普通の手鏡程の八卦はっけ型の鏡だった。下には白い布垂れ下がっている。少し持ち上げて裏を見ると独特な波紋模様が描かれており、月虹の光を反射しているからか、妖しく不規則に光っていた。

「よく触れるわね、一応重要文化財になる予定だった産物よ」

「予定だったでしょう? 重要文化財じゃ無いし」

「肝が座ってるわね」

これが当時じゃ作れなかった産物、正直何処ら辺がそうなのかあまり分からない。

「その独特な乱反射波紋が作れないらしいわよ、今でも」

「今でもって...それって喪失技術ロストテクノロジーじゃない。........う〜ん...ちょっと欲しいけど、まぁいっか」

私が鏡を戻した後、その場を立ち去った。

鏡を見た時、何か違和感を感じた気がするけど、私はその違和感には気づけなかった。



「あ、もうすぐそこ...」

「え? もしかして、そこの穴?」

私は小走りでその穴に近づき、月虹の光で穴の中を照らした。

「ッッ......!?」

穴の中を見て私は絶句した。そこには狐雪󠄁の言っていた通り、身の毛もよだつこの世で最も恐ろしい暗褐色の液体があった。水面には数体のかつて拍動を持っていた固形物が浮かんでいた。私は左手で口元を押さえる。

「...言ったでしょ、石油は妄執と怨恨にまみれた液体だって。全ての息吹が、全ての拍動が石油の正体よ」

私は声も出ない。見開いた目が石油を捕らえていた。

「石油って軽油と重油があるでしょ、それはこの生命に息吹をもたらせる液体が半透明の黄色い液体と沈殿した紅色の固形物に分かれるからなの。それが長い歳月を経て液状化してよく見る石油になるのよ」

「......狐雪󠄁は...何も思わないの...?」

「...思ってるわよ、正直今も嘔吐えづきそうなのを我慢してるんだから」

私は未だに絶句して動けないでいた。これが人間の貪欲さなのだろうと悟った。

「...夢の鉱洞なんてよく言ったものだわ。息吹を失った固形物が周りの岩石に吸収されて、金や銀、銅に再構築されていくのよ。夢の鉱洞は人間の金銭への妄執で無理矢理作られた幻想でしかないのよ」

私は眼を逸らすために、石油に映る自分を見続けた。そして気がついた。さっき鏡を見て思った違和感に。

「狐雪󠄁!」

そう叫んだ時、私の背中に冷たいものが当たった。だが 、すぐに暖かくなった。私は脱力感を感じながら石油の海に堕ちていった。水面に映った私は右側に月の髪飾りを付けていた。

鉱洞内に二つの鈍い水面への落下音が鳴り響いた。


「...それじゃあ狐雪󠄁、帰りましょうか」

「そうね、櫻葉」



これは石油の海にてられている日記の内容である。

○月○日

今日、裏山開発部隊がある鏡を発見したらしい。歴史的文化品だって騒いでいる。村長も大喜びらしい。この村も遂に栄える時がやってきたのだろうか? 村中が歴史の街だ何だって騒いでる。


○月△日

村長が急に鏡を公に晒すことを取り止めた。鉱洞開発に専念したいらしい。あれだけ大騒ぎしていたのに何故? まるで人が変わってしまったみたいだ。


○月✕日

鉱洞開発で得られるものは何も無かったようだ。鉱洞開発組は危ないから絶対に入るなと言ってる。昼夜警備を張るほどの厳重具合。正直、怪しさ満点だ。何時しか警備の眼を盗んで入ってみる他無い。近いうちに決行しよう。


□月○日

漸く警備の眼を掻い潜ることに成功した。鉱洞内を文章で鮮明に表現するため、この文章は鉱洞内で書くことにする。

な ん てこ とだ、 私 の 眼 前に は地 獄 と形容 する 他 無 い もの が広 が っ てい る。鉱洞 の奥 に は 見 る も 無 惨 な 現実が あ る。

あれ は 村 長 な の か



ふふ、やっと抜け出した。邪魔なこっちの世界の僕も長い年月を経て石油になることだろう。もう鏡の世界は飽きた。これは自由にさせてもらう。このつまらない日記も書いたら原油の海に棄ててしまおう。だが、少しは新鮮味があって面白かったな。


これは束縛され続けた僕達の反抗と産業革命だ。


◆❖◇◇❖◆◆❖◇◇❖◆◆❖◇◇❖◆


猿猴捉月えんこうそくげつの権化である盲目少女

          月冢つきおか 櫻葉さくや


董狐之筆とうこのふでの権化である博識少女

㞮繧鵺 狐雪󠄁(いずもや こゆき)


───石油は産業と華美とともに───

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