幻実の夢幻廻廊 ~Eternal Phantasm of Dreamy Reality

「やっと抜け出せた!!」

「何から?」

「.........え? .........あぁ、いや、さっきまで人混みに呑み込まれちゃってさ」

「全く、それくらい隙間縫って来なさいよ、私の様にね」

「生憎と、私は貴女みたいに猫じゃないのよ」

「あら失敬ね、私は招き猫ですわ、利き手は右手のね」

「守銭奴な猫ですこと、猫に小判って知ってる?」

っと、訳の分からない会話をした後私達は歩き出した。自分のことを猫と形容している狐雪󠄁《こゆき》は少々自己肯定感が強いように感じる。

「そういえば、今日は何するんだっけ?」

「なーに、櫻葉さくや忘れたの?今日は色んなところ行って遊ぼうって言ったでしょ?」

「冗談だよー、流石に忘れるわけないでしょ」

「あまり面白くない冗談ね」

確かに狐雪󠄁の言う通り面白くはない。だが、それ程までに私の気分は高揚していたのだろう。

「さてと、先ずはどうしようかしらねー」

「もう昼餉時ひるげどきだし、近くで何か食べよっか」

私は狐雪󠄁に指を指しながら指を鳴らし、

「良いねそれ、私良いお店知ってるよ」と、言った。

「本当? じゃあそのお勧めの場所にでも行きましょうかね」

そうして、私が少し先導しつつ、目的の場所に進んでいく。

「ん?」

「うあ? どうかした櫻葉?」

「いや、路地裏にあんな人がいるなんて珍しいなって」

「確かにそうねぇ、何か催し物があっちでやってるのかしら」

「うん? 今、あの路地裏の奥が歪んだような...?」

「何それ、蜃気楼しんきろう? 私は見えなかったけど。まあ今日は最近にしては今日暑いし、蜃気楼を見ても可笑しくないわよ」

私は少し懐疑の念を抱きつつ、狐雪󠄁の言葉に納得する事にした。

今日の気候は良好だ。


「ん、んんぅ〜」

「気持ちよさそうな伸びね、そんなに楽しかった?」

「当たり前でしょう? 楽しくなかったら狐雪󠄁なんかと付き合ってないわ」

「なんかととは何よ、私は優美で艶美な甘美識者なんだからね」

「はいはい、三美一体さんみいったいの改革成功おめでとう」

「でしょう? 私の施策は最高だわ」

「謙虚さの欠けらも無いことで」

こんな会話をしている私達だけど、俯瞰ふかん的に見ると噛み合っている会話をしている様には思えないだろう。だけど、私達の炉辺話ろへんばなしは何時もこんな感じだから成立している。本当に気味が悪い。

「そろそろ日も傾いてきたし、これぐらいで解散にしようか」

「そうね、もう人肌も恋しい程の寒さになって来たしね」

「あらあら、人肌恋しいの櫻葉? 私が暖めてあげよう...!」

狐雪󠄁が歯の浮くようなこと言ってる間に私は彼女を抱擁していた。

「狐雪󠄁の言うことなんて簡単に解る」

「あらら〜、今までにそんなこと言ったことあったかしら?」

「......言ったことあるんじゃない?」

何故だか同じ様な事を言われたような感覚はあるが、記憶は無い。猜疑さいぎの感情で私の心は充満しつつ、狐雪󠄁から離れた。

「ま、そんなことはいっか、それじゃあまた明日」

「それじゃあまた学校で」

私達は軽い挨拶をした後、それぞれの帰路に着いた。

私は家に着いた後、ご飯を食べ、お風呂に入り、臥榻がとうに潜った。今日の楽しかった事を思い出しつつ、また明日、狐雪󠄁と何をしようか考えつつ私は寝海しんかいへと堕ちて行った。



「櫻葉、大丈夫?」

「.........へ?」

「いや、こころ此処ここに在らずって感じだったから...」

「あれ、さっき自分の部屋で寝たような...」

確かにさっき寝たはず、だけど、もしかしたら鮮明な夢寐むびの出来事かも知れないから確証を持てない。

「本当に大丈夫? 今日は止めにする?」

「い、いや、大丈夫だから、ちょっと考え込んで混乱しただけ」

「そうなの? まあ櫻葉は変なとこに考え込む節があるから」

「変なとことか言うな。そう言えば、今日は何するんだっけ?」

記憶が混雑していて今何するか解らない。だから私は当たり障りなく次する事を訊いた。

「なーに、櫻葉忘れたの?今日は色んなところ行って遊ぼうって言ったでしょ?」

「えっ?そうだっけ?」

てことは、私の狐雪󠄁と遊んだ記憶は夢だったってことかしら。

「...まさか本当に忘れてたの?」

「冗談だよ冗談、流石に忘れるわけないって」

「あまり面白くない冗談ね」

夢だと分かれば恐るることは無い。純粋に楽しむことにしよう。


私は夢と全く同じ事をして、床に着いた。あれは正夢だったのだろうか。そんな事を考えつつ再び寝海へと堕ちた。



「櫻葉、大丈夫?」

「.........え?」

同じ景色、言葉が、目に、耳に、入ってくる。同じ風が、光が、私を包む。

「......今日って色んなとこに行って遊ぶんだっけ...?」

「え、えぇ、そうだけど...」

「...行こ、もうすぐ昼餉時ひるげどき、お勧めのお店知ってるよ」

「さ、櫻葉? 大丈夫? 何だか具合悪そうだけど...」

「大丈夫だよ、私は」

肉体的苦痛はない。だが、精神は同じ物を、同じ時を見せられ続けられ少しづつ磨り減っていた。

私はこの先を、その全てを知っている。


私は起き続けた。寝たらまた見る。そんな気がした。今日を夢とされ、繰り返される。だから、寝なければ戻らない。確証は、無い。視界が潤む。長針と短針が零刻を指す。その瞬間、私の目に光が飛び込んだ。



「櫻葉、大丈夫?」

全く同じな景色、気候、言葉、声色。記憶が混雑する。本能的に嘔吐えづく。畏怖の念。嫌厭けんえんしてしまう程の明瞭な記憶。私は、その場から逃げ出した。

「さ、櫻葉!? 何処行くの!?」

狐雪󠄁が発した言葉も、耳に入っては来るが脳には届かない。今までと、違うことをすればこの輪廻から抜け出せるかもしれない。私は家に引き籠もって毛布に包まり、眼を瞑って、震えた。時計の針の音が囂しい。


ふと、時計の針の音が聞こえなくなった。聞こえるのは、狐雪󠄁に声だった。



もう何度目になるだろう。肉体は疲れていない。どれだけ走っても、時が戻れば回復する。なのに精神は亡失していた。どれだけ思考を放棄しても、時が戻る度│漸減ぜんげんして往く。眼も鬱ろいて視点も安定しない。私は空虚な心に唯一の決心があった。頭上にある天使の輪を眺める。時の輪廻から脱却するには、暗明の輪廻から脱却するほか無い。確証も、根拠も、理屈も、何も無い。私は天使の輪に手を添えた。恐怖は無い。恐るることも、未練も、何も無い。天使の輪を頭に通した。抱擁されている。違う世界がやっと見られる気がする。空虚で亡失した心に暖かい風が吹き込んだ気がした。

私は、椅子を蹴った。



「櫻葉、大丈夫?」

「............」

また、此処へ帰ってきた。だが、心は落ち着いている。今までに無い程心が軽い。高揚こうよう懐疑かいぎも恐怖も、何もかも、有りはしない。私は無言で歩き出した。狐雪󠄁が何か言っている。耳にも入らない。空虚な心で考えた。暗明の輪廻からの脱却は天使の力を借りることでは無い。借りたとしても、脱却することは無い。暗明は対極するものでは無いから。それはひと繋がりのものだから。ふと、横の異様に人の多い路地裏を見る。路地裏の奥が水の波紋の如く、歪んだ。私の目が、心が、その現象を魅て離さなかった。私の足が勝手に引き寄せられた。本能で、今までの苦しみから解放されると感じた。私は人混みに無理矢理体を捩じ込ませる。押し返されそうになるけど、何とか耐えて前へ進む。

「櫻葉!? 何してるの!?」

狐雪󠄁が驚き、驚愕の声を上げる。その声を聴き入れるも無視して前へ進む。もうすぐ手が届く、苦痛を忘れられる。手が少し届いた。水に手を半分入れたような、気味の悪い感覚がする。今までと違うとわかる。手で人を掻き分ける。あと少しで、身体が何か違う境界へと届く。心が身体をつんざいて飛び出そうとする。その心の勢いに身体が押されたような気がした。私はその隔たりを、境界を越えた。



「やっと抜け出せた!!」

「何から?」

「.........え?」



◆❖◇◇❖◆◆❖◇◇❖◆◆❖◇◇❖◆

秀逸しゅういつさと恬澹てんたんさより出で来し少女

          月冢つきおか 櫻葉さくや


幽艷ゆうえんさと典麗てんれいさより出で来し少女

          㞮繧鵺いずもや 狐雪󠄁《こゆき》


───生と死は始と終では無い───

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