第3話

 池の水から現れたのは、矢野さんに似た容姿の女性だった。服装は古風な装い。数人、彼女に似た姿の女性が現れた。彼女たちは悲しげな表情を浮かべている。彼女たちは口々に矢野さんへ呼びかけを始めた。

「よくぞ参られた。愛しき子よ」

「しかし、これは我が一族の辛い定め」

「さあ。あなたも龍神様の供物となるのです。人柱として」

僕は、水から出てくる人の形をしたものに怯えていたが、矢野さんは恐れずに彼女たちを見つめている。そして、ロープの両端を重石と自分の足に括り付け始めた。

「湯川君。今日は手伝ってくれてありがとう」

「――矢野さん。どうするつもり?」

「お別れです。本当は、もっと湯川君と一緒の時間を過ごしたかったし、将来も考えていた。でも、この地の怒りを鎮めるために私は、水の底で命を果たさなくてはならない。私の先祖は、巫女の家系で生贄になることがあったの。私も選ばれちゃったみたい」

「そんな……僕は、矢野さんには生きていてほしいよ。真面目で優しくて綺麗で……」

「その先は、天国で聞かせて」

「え?生贄になったら、ずっとここにいるんじゃないの?あの人たちみたいに」

「私は魂までは奪わせないわ。ご先祖様だって、きっと自由の身よ。幼いころ、私と遊んでくれた人たちだから」

「そういえば、霊感強かったな。矢野さんは」

「うん。だから、きっとお迎えに来てくれたのね。ご先祖様は」

巫女装束の矢野さんの先祖たちも優しげな表情を浮かべていた。

「さようなら。またどこかで会いましょう」

矢野さんはそう言うと、重石とともに水の中に身を投げた。

僕は、彼女を抱きかかえて止めようとする。しかし、彼女は強い力に引っ張られるように引きずりこまれていく。

「諦めて。湯川君。これは運命なの。また会える……だから、それまで待っていて」

彼女は涙を浮かべつつ、微笑みながら水の底に沈んでいった。


 ――それから、矢野さんを見た人はいないという。

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