⑦
外へ出てみると思ったよりも時間が経っていなかったようで、まだお昼時を少し過ぎたくらいの時間帯でした。
王様は城で一番大きな窓へと駆けていくと、そこから城中をきょろきょろと見回していきます。
こんなにお天気が良いのですから、ケットシー達はみな城の外で過ごしているだろうと思ったからでした。
どうやら王様の考えは当たったらしくらしく、庭園の一角に王妃様とお付きの者達がいるのが見えました。
ティーセットの用意されたテーブルを見るに、午後のお茶の時間を楽しんでいたようです。
王様はその様子を目に留めたかと思うと、また一目散に走り出しました。
王妃様は庭園に咲いている花盛りの花たちを愛でながら、香り高い紅茶を飲むのを楽しんでいましたが、遠くからばたばたと大きな足音が聞こえてくるのに気づいて、音がする方へ顔を向けました。
そこには城の中から転がるようにして駆けてくる王様の姿があったので、王妃様はくすりと笑うと口を開きました。
「あらあら、私の旦那様は一体どうなさったのかしらにゃ」
王妃様はそばにいた召使たちを後ろに下がらせ、優雅に椅子に腰掛けたまま静かに王様がやってくるのを待ちました。
すぐに側までやってきた王様が、王妃様の足元へ跪くと抱えていた箱をうやうやいしく捧げ持って言いました。
「おお、私の愛しい妻よ。
どうかこの真心を込めて作った贈り物を受け取っておくれにゃ!」
王妃様は箱を受け取りながら、返事を返しました。
「貴方が手作りの贈り物をするなんて珍しいですにゃ。
一体どんな贈りものなんでしょうにゃ」
好奇心に瞳を煌めかせながら、王妃様は そっと箱を開きました。
開いた箱の中には先ほど飾りつけた時と変わらず完璧なままのケーキが入っていました。
あれだけ走り回って振り回されたというのに、魔女っ子さんの魔法のおかげでちっとも崩れずにすんでいたのでした。
王妃様はまさか王様がお菓子作りをするなんて思ってもいなかったので、びっくりして言葉もなく手元のケーキを見つめました。
ずっしりとした濃厚そうなガトーショコラは本当に美味しそうな出来栄えでしたし、薔薇のあしらわれた飾りつけも美しい仕上がりだったので、余計に王妃様の驚きは大きいものになったのでした。
ぽかんとしている王妃様に、王様は恐る恐る尋ねました。
「も、もしかして気に入らなかったかにゃ…?」
あんまり無言のままだったので喜んでいないのかもしれない、と王様は悲しくなって耳をぺたんと伏せてしまいました。
それを見て王妃様は慌てて口を開くと、心からの笑みを浮かべて喜びの声を伝えました。
「まさかそんなわけありませんにゃ!
あんまり素敵だったから、言葉にならなかったんですにゃ」
それを聞いて伏せてしまっていた王様の耳が、ぴんっと立ち上がりました。
王妃様はケーキをテーブルの上に一度置いてから、王様の手をぎゅっと握って言葉を重ねました。
「こんなにロマンチックな贈り物、心が震えましたにゃ。
けれど綺麗なお花より、美味しそうなケーキより、なによりも私のことを思って貴方が用意してれた事自体が嬉しいんですにゃ」
「そ、そんなに喜んで貰えたなら儂も嬉しいにゃあ」
王様は照れてれと言葉を返すと、王妃様に誘われて一緒にティータイムを楽しむことにしました。
2匹のケットシーは寄り添いあいながら、幸せそうに互いの尻尾を絡ませていました。
「やれやれ、どうやら無事にバレンタインの贈り物は喜んで貰えたようね」
魔女っ子さんはそう言うと、寄りかかっていた窓から体を離しました。
先ほど王様が外を眺めていた窓から、魔女っ子さんも2匹の様子を見守っていたのです。
「うまくいったの?よかったねぇ!」
「本当にね、私たちはそろそろお家に帰りましょうか」
自分のことのように喜ぶカラスさんをひと撫でしてから、魔女っ子さんは箒を手に持ったまま窓枠に足をかけました。
ひょいと体ごと乗り上げて立ち上がると、自分の出番だと張り切った箒がふよふよと浮かびあがるので、それを押さえながら腰掛けて、軽い調子で窓枠を蹴ってとびだしました。
そうすれば箒ごと魔女っ子さんたちはふんわりと宙に浮き、家へと向かって飛び始めたのでした。
お城から出て行こうと城門の前まで飛んでいくと、こちらへ手を振るケットシーに気がついて魔女っ子さんが声をあげました。
「あっ、衛兵さんだわ」
すれ違いざまに手を振りかえしながら、魔女っ子さんたちは城門を潜って外へと出ていきました。
城門を抜けて草原へと移動していく間に、魔女っ子さんたちの体がぐんぐんと大きくなっていき、森の中に入る頃にはすっかり元の大きさに戻っていました。
「はあ、もう疲れちゃって眠くなってきたわ…」
箒に乗ってお家に帰ってきた魔女っ子さんが、ソファに倒れ込んで言いました。
「ちょっと休むわね、ふわぁ…」
そう言うと魔女っ子さんは大きな欠伸をひとつして、うとうとと瞳を閉じました。
瞬く間に眠りに落ちていき、くぅくぅと寝息が聞こえてきました。
「ううん、ぼくもねようっとぉ…」
カラスさんも疲れていたので、魔女っ子さんの側に寄り添うようにして座り込むとまどろみ始めました。
柔らかな陽に照らされながら、1人と1匹は健やかな寝息を立てて眠っています。
その光景は穏やかで暖かな幸せに満ちていているのでした。
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