⑥
王様は不思議そうに魔女っ子さんに向かって尋ねました。
「このままでも美味しそうなのに、わざわざ冷やさなきゃいけないものなのかにゃ?」
「好みもありますので、焼きたてを食べる人も勿論いますよ。
ただ、今回は飾りつけをするのでこのままだと全部溶けてしまうので。
それに冷やしてからの方が風味がよくなるとも言われていますね」
「へえ、そうなんだにゃあ」
そんな風に色々と会話をして待っていれば、焼きたてだったケーキの熱もすっかりと冷めてきました。
冷蔵庫から取り出したケーキがひんやりとしているのを確認して、魔女っ子さんが頷きながら言いました。
「うん、これなら大丈夫でしょう。
いよいよ最後の飾りつけですね、これは王様にお任せします」
「さっき練習したからばっちりにゃ!」
王様はむん、と胸を張りながら頼もしい返事を返して、ケーキと向き合います。
粉砂糖の入ったふるいを手に取ると、ケーキの上で軽く揺すりながら全体へ振りかけていきました。
練習の甲斐あってムラになることなく綺麗な雪化粧のように仕上がったのですが、魔女っ子さんはなんだかまだ納得がいかないようで、考え込みながらケーキを見つめていました。
「なにか物足りないような…
あ、そうだ!」
魔女っ子さんは何かを思いついた様子で、先ほど魔法を掛けた引き出しの中をがさごそと漁り始めました。
そして中からあるものを取り出すと、王様の手に渡しながらにっこり笑って言いました。
「バレンタインですもの、お花がなくっちゃいけませんね」
王様の掌の上に置かれたのは、ころんと小ぶりな薔薇の花が山のように盛られた硝子のお皿でした。
朝露でつやつやと輝いている桃色の花びらは、どう見ても本物にしか見えませんが、実はこれは魔法で造られたお砂糖のお菓子なのでした。
魔女っ子さんがそう説明しましたが、王様は目をまん丸くしてとても信じられないといった表情で言いました。
「これがお菓子だなんて、信じられないにゃ!」
掌の上の薔薇はどう見ても、つい先ほど庭から摘んできたばかりとしか思えないほど、瑞々しさに溢れていたのです。
魔女っ子さんは食べてみればわかるでしょう、と硝子の皿から一輪の薔薇を摘み上げると微笑んで言いました。
「まあとりあえず、一口食べてみて下さいな」
そう言いながら魔女っ子さんは王様の口元へ、薔薇をぐいと近づけました。
王様は渋っていましたが、お皿を持っていましたので両手が塞がっていたこともあり、勇気を出してぱくりと薔薇を口にしたのでした。
すると口に含んだ瞬間、瑞々しい薔薇はほろほろと溶けていき、口の中に優しい甘さと薔薇の香りが広がったのでした。
王様は目を見開きながら驚いて、信じられないというように呟きました。
「本当にお菓子だったんだにゃ…」
「これでケーキを飾ればすごくロマンチックな仕上がりになるでしょうから、きっと奥様も喜んでくれる筈ですよ」
魔女っ子さんの言葉に王様はいそいそとケーキの飾りつけの仕上げとして、砂糖菓子の薔薇を幾つかバランスを整えながら載せました。
王様はぐるぐるとケーキを回しながら眺めて、どこから見ても完璧な仕上がりになっているのを確認してから、満足そうに笑って言いました。
「ありがとう魔女っ子さん!こんな素敵なケーキなら、彼女も気にいるはずにゃ」
「どう致しまして、ケーキはこの箱に入れて持って行って下さいな」
机の上に置かれた真っ白な箱に、ケーキを崩さないよう慎重に詰めていき、最後にベルベットのリボンをきゅっと結びました。
もうこの頃には王様は今すぐ駆け出していきたくなってしまっていて、そわそわひょこひょこと落ち着きがなくなっていました。
その様子に魔女っ子さんは吹き出しながら、こういいました。
「崩れないよう魔法を箱にかけておきましたから、気にせず会いにいかれても大丈夫ですよ」
王様はそれを聞いて、少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに答えて走り出しました。
「にゃっ、す、すまないにゃ。
それじゃあまた今度お礼はするからにゃ!」
そう言って王様は勢いよく扉を押し開けると、王妃様の元へと一目散に駆けて行きました。
外で見張り番をしていたカラスさんが扉の音に驚いて羽ばたきながら声をあげました。
「えっ、いまのはなにぃ!?」
けれども王様の姿はあっという間に見えなくなってしまっていたので、その場には戸惑ったカラスさんだけが取り残されたのでした。
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