魔女っ子さんは並んだ材料の中からチョコレート板を選んで取ると、王様に手渡して言いました。




「王様、これを小さく砕きながらボウルに入れてくださいな」


「任せるにゃ!」



 王様は張り切ってそう答えると、チョコレート板を握った手に力を込めていき、適当な大きさになるようせっせと砕き始めました。


 そうして最後の一枚まで割り終えた王様は、机を挟んだ向かい側に立ってこちらを見守っていた魔女っ子さんに、自信たっぷりな声で話しかけました。



「魔女っ子さん、これで全部出来たにゃ!」



 なんとも達成感に満ちた表情に、魔女っ子さんは微笑ましさに口元を綻ばせました。


 けれどもお菓子作りはまだ始まったばかりなので次の工程へ移るべく、笑顔のまま新しい指示を出すのでした。



「それじゃあ次はそれをボウルに入れてくださいな」



 王様は指示通り、砕いたチョコレートをザラザラとボウルへ移していきました。


 魔女っ子さんはそのボウルを手に取ると、お湯を張っておいた小鍋の上に置きました。



 小さな欠片になったミルクチョコレートが、湯煎の熱でじんわりと柔らかく溶けていき、キッチンに甘い香りが漂ってきました。


 王様が鼻をヒクヒクさせながら、嬉しそうに声を上げました。



「わ、甘くていい匂いだにゃあ」


「うふふ、本当に。

 このまま食べちゃいたくなる位ですけれど、我慢して下さいね」



 魔女っ子さんは悪戯っぽい笑顔を浮かべながら頷いて言いました。



「香りがしてきたのは溶けてきた証拠です。

 さあ王様、今度はボウルの中をゴムベラでかき混ぜていってくださいな」



 魔女っ子さんは道具の中からゴムベラを取り出して王様に手渡しながら、次の指示を伝えました。


 王様は片手にゴムベラを、もう片方にはボウルの縁を掴んで、張り切ってかき混ぜます。


 しっかりとチョコレートが溶けてきったのを確認してから、魔女っ子さんが横からバターをぽいぽいと投げ込んでいきました。


 ぐるぐると掻き混ぜていくと、溶け出したバターがチョコレートと絡まっていき、艶々とした輝きが出てきました。



「王様はそのまま混ぜていてくださいね、その間に他の生地を準備しておきますから」



 そう言うと魔女っ子さんは空っぽのボウルを手に取り、卵黄とお砂糖を加えて泡立て器でかき混ぜ始めました。


 白っぽくなるまで泡立てていけば、王様の掻き混ぜているチョコレート生地の出番です。


 湯煎からボウルを降ろすと、魔女っ子さんの持っているボウルの方へと少しずつ加えていきました。


 魔女っ子さんはその度に手早く泡立て器で掻き混ぜていきました。


 そうしないとチョコレートが固まって分離してしまいやすいのです。


 更に薄力粉とココアをふるいながら加えると、また生地を馴染ませるために掻き混ぜていきます。


 ここまでくると腕がしんどくなってきましたが、これからが本当に力が必要になる作業が待っているのでした。


 なので魔女っ子さんはちょっとだけ楽をしようと、悪戯っぽく笑いながら言いました。



「メレンゲを作るのは時間がかかりますから、手早く仕上げる為にも賢い手を使いましょう」



 そう言って先ほどのように指先に力を込めると、材料などが置かれたままのテーブルの方へひょいっと軽く指を振りました。


 魔法が掛かった途端、空のボウルが浮かび上がったかと思うと、先ほど使った卵黄の残りだった卵白を入れておいた小鉢が飛んできて、その中身をぽいっと投げ込んで去っていきました。


 それと入れ替わりで今度は泡立て器がボウルの中へと飛んでやってきたのを見て、魔女っ子さんはくるくると円を描くようにして指を回し始めました。


 すると泡立て器も同じだけの速さで、ボウルの中をかき混ぜ始めるのでした。


 がしゃがしゃと音を立ててあわ立てられた卵白は、あっという間にピンと角が立つほどのメレンゲになりました。



「すごいにゃ!」


「うふふ、これをさっきの生地に入れて混ぜていきますよ」



 メレンゲの泡を潰さないようにさっくりと混ぜていけば、あとは焼いていくだけです。


 王様は生地の入ったボウルを持ち上げると、用意しておいたハートの形をした型のすぐ上に構えました。


 そしてボウルを傾けると、生地は静かに型へと流れ落ちていきます。


 ボウルの中身がすっかり空になったのを確認して、王様は魔女っ子さんと場所を交代しました。


 王様は手に持ったままのボウルを片付けようとそのままシンクに向かい、魔女っ子さんは型の底に溜まっている空気を抜くための作業を始めました。


 数度テーブルの上で型を持ち上げては落とす動作を繰り返すと、生地の表面にぷつぷつと泡が浮かび上がってきました。


 それをゴムベラで優しく撫でていけば、生地の表面は滑らかなものになりました。


 魔女っ子さんはミトンを嵌めてから、熱々のオーブンの中へ生地の入った型を入れました。



 生地が焼けていくに連れ、辺りに漂う甘い香りはどんどん強くなっていきます。



「もうそろそろ良さそうです。

取り出す時は火傷しないように気をつけて下さいね」


「わあ、美味しそうに焼けてるにゃ!」



 王様がオーブンの中からガトーショコラを取り出して、喜びの声をあげました。


 その言葉の通り、焼き上がったガトーショコラはしっかり高さもある完璧な仕上がりでした。


 普段であればケーキクーラーの上で粗熱が取れるまで冷ましておくのですが、今日は時間に余裕もないので冷蔵庫の中に入れて冷やすことにしました。

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