012 生存者
「……魔物の気配が消えた」
複数いた魔物の気配が霧散する。同時に、天上で花びらが完成した。
それはつまり、誰かが魔物を撃破したということ。低級だから難なくというわけにもいかないが、やってやれないことはない。しかし、それをやってのけるだけの精神力を持つ者はまだ現れないと思っていた。
もしかしたら、良い戦力になるかもしれない。
そう思い、俺は方向転換。件の戦地へ駆けた。
その場所は、深江市内で一番高いタワマンの屋上だった。
「流石に、これは酷いな」
道路を塞ぐいくつもの自動車の上に乱立した落下死体。その上では、人鳥の魔物が甲高い声でせせら嗤っている。
第三級魔獣ハーピィの群れが、地上を這う人間を空へ攫い、恐怖心を焚き付けながら放り投げる。ハーピィの趣向、その犠牲者でここ一帯は満たされていた。
そして今、そいつらはタワマンの屋上に標的を定めている。
「……少しマズい状況だ」
タワマンの壁に手を当てて集中する。
どうやら、ハーピィによって屋上に送られたゴブリンが逃げ道を塞ぎ、両者の連携に翻弄されているようだった。
一方を相手どればもう一方に隙をつかれる。ステータスの育っていない人間では、絶望的といってもいいほどの戦況。その中で反撃し、あまつさえ撃破しているのだから賞賛に値する。みすみす、彼らを放っておくわけにはいかない。
次の犠牲者が出る前に俺はタワマンの壁を走り始めた。魔力を足の裏に集中させ、壁に吸い付かせる。魔力操作の基礎だ。加え、自身の体が羽のように軽くなるイメージも付与する。やがて重力に逆らい走る俺の速度は音すらも置き去りにし、
「間に合ってよかった。本当に、よかった」
ゴブリンの錆びたナイフとハーピィの
今まさに凶撃が、一人の少年を貫く寸前だった。その間に滑り込むことができたのは、本当にタイミングが良い方向に重なったから。あるいは彼らの幸運か。
兎にも角にも、彼らの懸命な足掻きを無駄にするわけにはいかない。俺がここで、必ず助け出す。
「もう心配ない。俺が来た」
『!?』
「あとは任せてもらおう」
乱入してきた俺に驚いたのは彼らだけではなく、目前の魔物たちも同様だった。
受け止めたハーピィの爪とナイフを硬く握りしめ、そのまま両手を合わせるようにスライドした。抵抗するまもなく互いの体が衝突し砕け散る。跳ねる血飛沫は、血の刃に変えて前方に流した。
全身を細切れにされ風に攫われていくゴブリンを横目に、俺は天を泳ぐハーピィに手のひらをかざした。瞬間、ハーピィの首が俺の手におさまる。
「調子に乗りすぎたな」
『グぎゃぁぁッ!?』
握りしめたハーピィの首をへし折りながら地面に叩きつける。
絶命するハーピィから手を離し、俺は一本の槍を創り出した。
無骨な槍だ。二メートルほどある地味なそれを、ハーピィにではなく石畳に突き刺す。
そこでようやく彼我との実力差を悟ったハーピィの群れが逃げようと翼をひるがえし、次の瞬間には体内に侵入した鉄の感触を味わっていた。
『が、あ』
『がが』
『が……ひ』
地面に突き刺した槍に突き刺さる、六体のハーピィ。呆然としながらも冷たい痛みに悶え苦しむ声が煩わしく響いた。
寄法による逆転移は、俺の得意とする戦法だ。
格上には
結局最後まで何が起きたのか理解できず絶命していくその様を見送って、俺はようやく彼らに顔を向けた。
二人の少年に一人の少女。前者はボロボロで、後者はほぼ無傷。二人の少年が身命を賭して少女を守り抜いたようだ。
「た、助かった……んだよな?」
「あー、久々に疲れちまったぜ。ちょっと休ませろ」
「あ、アンタたち……この状況で、呑気すぎない……? でも、まあ守れらてたわたしが言えることじゃ、ないんだけど」
少女の言う通り、呑気な連中だった。あるいは緊張が途切れ力が抜けたのか。彼らはその場に座り込んだ。
とはいえ、こちらは彼らを助けにきた身だ。変に警戒されるよりかはまだ扱いやすくていい。なら次に俺が取るべき行動は、信用を勝ち取ること。つまり名乗ること。
「俺の名前は百女鬼湊。きみたちを助けにきた」
「疑う気はないが一つだけ訊きたい。この短時間で、どうやってそこまでレベルを上げたんだ?」
中性的な顔つきをした少年が俺を見上げて言った。レベルという概念を知っているということは、彼のレベルが5に到達したということの証明だ。
ゴブリンだと五体。ハーピィだと二体斃せばレベルは5になる。5に到達すれば
魔物と戦うにはシステムの利用が不可欠。レベルを上げて
ゴブリン程度ならまだいいが、三級以上の魔物は魔力なしに斃すのは難しい。素手で猫を制することができても、ライオンを斃すのは無謀。一種の自殺行為といってもいい。それと同じ理屈で、個体差の激しい魔物と人間とでは地力が圧倒的に違う。
その開きを埋めるには、人間の生み出した技術では足りない。
「少なくとも赤い空がはじまってまだ二時間ほどしか経っていない。運よく魔物をたおしてレベルを上げられたとしても、さっきみたいな動きはできないはずだ」
「その通り」
頷いて、俺は二本の指を立てた。瞬間、俺たちは逆さまとなって空から地に落ちた。
有り体に言えば天と地が逆さまとなって、重力に従いコンクリートへ近づいている。すぐそばで、三人の絶叫が割れんばかりに響いた。
「信じてもらえないかもしれないが、俺は以前にこことは違う世界で魔物と戦っていた。今からもう十年も前の話だが——」
「説明いいからなんとかしてこれぇッ!?」
「俺は助けを乞われて、異世界を魔王の手から救った。ネット小説みたいな話だが、これがマジなんだよ。って、聞いてるか?」
地上との距離が三十メートルを切った頃を見計らって再び印を結び、俺たちはストンと何事もなく地上に足をつけた。崩れ落ちる三人。初めてだとだいたい失神するんだが、三人とも神経が図太い。
「あ、あのさ……」
「ん?」
「今のに、なんの意味がある……?」
「こっちの方が速いだろ? エレベーターを使って降りるより圧倒的に速いし、何より楽しい」
「「「………」」」
三人から視線で非難を受ける。だいたいみんな同じ反応をするから、もう慣れっ子だ。
「俺は絶叫マシンに……遊園地に行ったことがないからさ、こういうジェットコースター的なスリルに飢えてるんだよ。まあ一種の趣味みたいなもので、付き合わせて悪かったとは思ってる」
「い、いや……命の恩人だし別に死ななかったからいいんだけどさ」
「よくない……よくないよ、ユウキ。こういうのって、許しちゃいけない気がする。また繰り返すよ、犠牲が出るよ」
「オレはそこそこ楽しかったぜ。ララの下着が派手で透け透けだってことが——おっと、命の恩人に蹴りかよおまえ」
「ウユカ、アンタは絶対にここで消す……!」
「おいおまえら、今がどういう状況かわかってんのか」
「へいへい。わかってんだがこいつがしつけーのよな」
「わたしが悪いみたいな空気出さないでもらっていいですか?」
俺の付け入る隙がない。一瞬にして空気と化した俺は、存在感を強調するために剣を創造し投げつけた。オークの眉間に的中し後ろに倒れる巨体。その衝撃で、三人は俺に視線を向けた。
「い、いつの間に……」
「さて。このまま避難所まで跳んでもらおうかと思ったんだけど、二人には素質がある」
おそらく、ステータスを得た人間は俺を除いてこの二人だけ。少なくとも、中央区には他にいない。
少女の方は足手纏いだから、すぐそばまで向かってきている工藤に預けるとして……。
「率直に、手伝ってくれないか? 正直なところ今後、俺一人でカバーできる自信がない。戦力は多いに越したことはないし、きみたちも大切なものは自分たちの手で守りたいだろ?」
視線を後ろの少女に向ける。二人の少年が身命を賭して守っていたのは明らかだ。少し意地悪な気もするが、こんな状況だ。仕方がない。
「どうする?」
「……ちょっと、待って」
二人より先に返事をしたのは、少女だった。
眉根を寄せて、どこか苛立った少女に俺は睨まれる。
「わたしが戦力外みたいな言い方なの、とっても気に食わない」
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