011 一六時間前
時は少し遡り、一六時間前。
中村を含めた六人の自衛隊員を引き連れて、俺は
「な……っ!? ど、どういう……なぜ、俺たちはさっきまで学校の校庭に……っ!?」
「六法の一つ、寄法を使ったんだ」
「ろ……六法?」
「それについては追々説明する。今は——」
「——お兄さんっ!」
「ぐ、っ」
胸部に突き刺さる金髪。転移してきた俺の顔を確認した瞬間に、ノアちゃんが飛び込んできた。次いで文枝さんが、目元に涙を浮かべて安堵する。
「よかった……。高校の方からとてつもない音が響いてきたので……怪我はしていませんか?」
「ええ、なんとか」
「ホントによかったよぉ、お兄さん……っ! お兄さんまで帰って来なかったら、わたし……」
全身を震わせながら泣きじゃくるノアちゃん。抱きしめ返そうと思ったが、やめておいた。それに安堵するのはまだ早い。
「中村二曹。約束通り色々と説明してやりたいんだが、その前に魔物を片付けたい。手伝ってくれるか?」
「……しかし、我々にはもう戦う術がありません」
未だ思考が追いついていない中村に替わり、三曹の女性が弾倉を叩いた。
周囲の隊員より若いからか、あるいはメンタル的な部分が強いのか。彼女だけは、戸惑いつつもなんとかついて来ているようだった。
「そっちの領分は俺に任せてくれ。頼みたいのは保護の方だ」
「保護? つまり、奴ら——魔物を引きつけている間に生存者を救出しろ、ということですね?」
「頭の回転が早くて助かるよ。そういうことだから身軽な方がいい。使えない武器や装具、
「わかりました。あなたの指示に従います」
「お、おい工藤……!?」
いやに従順な工藤と呼ばれた女性の態度に、中村が横槍を入れる。
「どうして信じられるんだ?! コイツも奴らの仲間かもしれないんだぞ!?」
「班長。この場にいる複数人の生存者は、恐らく彼が先ほど使った力によって助け出されたものです。そうですよね?」
「は、はい。私たちは全員、湊さんに助けられたんです」
工藤に問われた文枝さんに続いて、その場の全員が頷いた。
「し、しかし……得体の知れない力だぞ?」
「彼は後で説明してくれると言いました。その言葉を一旦信じて、今は人命救助を急ぎましょう。それに彼の力があれば、私たちが生き残る確率も上がります」
「……だ、だが……」
「班長。急いでください」
「……わ、わかった。彼を信じよう」
工藤に急かされ、さらに他の隊員も装具を外し始めたのを見てとうとう中村が折れた。
「ということで、よろしくお願いします。私は工藤みちる。階級は三曹です」
「こちらこそ、信じてくれてありがとう。俺のことは湊って呼んでくれ」
握手を交わし、俺は用意を終えた六人を引き連れてマンションの外に出た。
ところどころで黒い煙が空に昇っている。人の悲鳴や逃げまわる足音、魔物の咆哮。
麒麟との戦闘前よりも、魔物の数が明らかに増えている。
もしかしたら、どこかで〝眼〟が発生している可能性が高い。
眼とは、魔物を生み出す魔物の通称だ。名前通りの姿をしているのは一目瞭然で、人間大の眼球から魔物が産み落とされる光景はかなりグロテスクだ。
発生条件は不明だが、〝穢れ〟が関係しているのは間違いない。
「俺が四方に散って魔物を惹きつけます。その間に、民間人の救出をお願いします。どこか広いとろに結界を張りますので、そこへ一時的な避難場所として集めてください」
「わかりました。しかし、四方に散るとは……」
「分身を作る」
ぼん、と煙と共に現れたのは二人の俺。見た目も服装も一緒で、考えていることも性格も一緒だ。本体である俺と意識を共有しているから、分身がなにを視て感じたのかもリアルタイムでわかる。
しかし、メリットだけではなくデメリットもある。それは俺の魔力が分散されること。渡す魔力の塩梅はある程度自由に決められるが、最低限引き渡さなければならない量が決まっており、今の魔力量では二体でもかなりキツい。
加えて、分身が死ねば預けた魔力もその場で消えてしまうから、リスクも大きい。
まず分散された状態で一級相当の魔物には太刀打ちできないが、感知できる範囲内に二級以上の魔物は存在しない。
十分、分身で対応できる。
「に、忍者……?」
「諸々の説明は後で。とりあえずここから一番近くてデカい建物……東は小学校、西はスポーツジム、そして市役所を目指しましょう」
「りょ、了解っ」
そうして俺たちは三つの班に分かれて行動を開始した。
と言っても、他の人間より地力の違う俺は先行し、魔物を派手に狩ってルートを作っていく。建物を壊さぬよう、しかし派手に攻撃することで魔物を誘き寄せる。
出てくるのは低級の魔物ばかりなおかげで、魔力を温存しながら俺は市役所へ到着した。遅れて、一台のトラックが俺の隣で停止する。
「さすが工藤さん。頭がまわる」
「走って追いつくのは無理だと判断したので。それに生存者も、これなら運べます」
黒犬のロゴを
「湊さんもお仕事が速いようで」
「魔物ばかりに時間をかけられないんで」
市役所の周りに転がる血痕と魔物の死骸を見渡す工藤さん。あまり感情を表に出さない人のようで、それはこの血生臭い光景を見ても同じだった。
自衛隊向きの女性だなと、つくづく感心させられる。彼女のように軍人に向いた人間はそう多くない。
「市役所内に魔物はいないし結界も張ってあるから、しばらくは安全だと思う。俺はまたここを中心にして魔物を狩りにいくから、準備できたらついてきてくれ」
「わかりました。すぐに向かいます」
それから俺は、魔物の気配を感じる方向へ片っ端から向かっていった。
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