006 特級魔獣

「――助けていただいてありがとうございます!」



 オークをたおしてすぐのことだった。

 気が付けば、俺は女子高生に囲まれていた。



「あの、お名前をお訊きになってもよろしくて?」

「お兄さん超タイプなんですけど……! ねえねえ、いまフリー?」

「色々訊きたいことがあるので、まずお名前と住所と電話番号と好きなタイプを教えてください」

「先生、必死でウケる(笑)。お兄さんはこんな年増より若い体の方が好きっしょ?」



 密着。密着。密着。

 さまざまな香水の匂いが鼻腔を刺激して痛くなってきた。

 だがそれすらもかき消すほどに、女の子の甘い声と体と熱が俺を串刺しにしていた。


 モテ期到来。

 ただ残念なことに、俺は年下に興味がない。



「お兄さん鼻の下めっちゃ伸びててウケる(笑)」

「……っ!?」

「理想的な逆三角形……ハァ、殿方のお体ってステキ。抱かれたい……」

「ぷふふ、お兄さんってドーテー?」

「ちょっとなぞっただけで震えてる……男性の体ってかわいい……」



 もう一度言おう。俺は年下に興味はない。

 だからニヤけてないし、別に体を触られてビクビクしたりしていない。

 気のせいだ。



「ちょっとみんな、今どういう状況なのかわかってる!?」



 体操服に着替えた希空ちゃんがフンスカと腕を組む。

 彼女の言う通り、こんなことをしている暇ではないし、状況ではない。


 何よりも、こちらに向かって男性教師が憤慨だと言わんばかりの顔つきで向かってきている。

 勘違いされているに違いない。

 


「お兄さんも抵抗してくださいっ! なにされるがままにされてるんですか!」 

「い、いや別にそういうわけじゃ……」

「希空ぁ? 女の嫉妬は醜いよぉ?」

「そんなことより、この状況について知っていることを教えてください。あと、好きな体位とか」

「ちょ、先生攻めすぎ草生えるわ(笑)」



 先生の急な下ネタでヒートアップする女子高生たち。

 すぐそばまでやってきた男性教師も気に入らないと言わんばかりに恐ろしい形相で俺に何か言っている。ただ、周りがうるさくて何も聞こえない。


 その騒ぎを聞きつけてか、体育館に避難していた生徒たちも集まってきて……。



「んもぅ! さっきのトキメキ返せっ!」



 とうとう堪忍袋の緒が切れた希空ちゃんが、転がっていた空き缶を投げつけてきた。

 空き缶が弧を描いて俺の頭部に迫る。

 刹那、

 


「―――」



 グシャ。

 空き缶が宙に浮いたまま潰れた。


 瞬間、俺の感知を上回る速度で何かが飛来する。



「なッ――」

『―――』



 舞い上がる粉塵の中で、閃光が轟いた。

 鼓膜を焼き尽くす勢いで鳴る轟音と衝撃。そして痺れ。


 

「油断した……ッ」

「あ、あ——ぁぁぁああ……ッ!?」



 希空ちゃんが悲鳴を上げる。

 当然だ。

 今し方まではしゃいでいた友人たちが、一瞬にして消し炭となったのだから。

 


「そ……な、あ……どうして……」

「希空ちゃん、気持ちはわかるけど今はそれどころじゃない」



 希空ちゃんを脇に抱えた俺は校舎の屋根に立っていた。さっきまで俺たちがいた中庭を見下ろすような形で。


 襲撃の瞬間、希空ちゃんごと上空に転移したことで事なきを得たものの、わずかに転移が遅れ、俺は右腕を焼かれてしまった。


 炭のようにボロボロと欠けていく右腕。

 もはや使いものにはならない。



「っ、その腕……」

「大丈夫。左腕があればなんとかなるから。それよりも――」



 粉塵の中から、飛来したソレが姿を現す。

 油断していたとはいえ、俺が感知するよりも速く襲撃を仕掛けてきたのだ。

 並大抵の魔物ではない。

 おそらく、一級以上。

 そして、予想は悪い方向へと転がった。


 

「嘘だろ……」



 視認したその姿に、俺は頬を引き攣らせる。


 それは、馬のような形をした一匹の獣だった。


 白黄はくおう色に輝く毛並みを逆立たせ、槍のように鋭く尖った角から稲妻が弾ける。

 その姿は視るもの全てを魅了する神々しさと、畏怖の念を抱かせるに十分な風格を纏っていた。


 第特級魔獣、麒麟キリン


 かつて魔王と対立する極めて稀な魔物として知られるも、凄まじい気性の荒さから接触禁忌カラミティとして畏怖された存在。


 手合わせをすることは最後までなかったが、まさかこのタイミングで現れるなんて。



「……腕の一本で済んだのはよかったが、痛手だな」



 あれ相手に、片腕で挑むのは自殺行為だ。


 ただの気まぐれでやってきて、そのまま帰ってくれるなりどっか行ってくれれば助かるんだが、どうやらそうはいかないらしい。


 麒麟の釣り上がった瞳が、俺を捉えて離さない。



『感じるぞ。忌まわしき魔王の気配が』

「喋……れるのかよ」



 俺の驚愕に、麒麟は鼻を鳴らす。

 ツノに白銀のいかづちが球体状に収束していく。

 マズい。

 問答無用でこちらを殺し来るようだ。



『今度こそ滅ぼし尽くしてやるわ。勇者諸共な』

「っ――」


 

 冷たい疾風を残して姿が掻き消える。


 瞬間、背後から押し潰されそうなほどの威圧を感じ――視界が再び、白銀に染まった。



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