005 深江女子高校
「――こんなもんか」
時間にして約三分。
全てのゴブリンを殲滅した俺は、深く息を吐く。
たかだかゴブリンを数十体殺した程度で、精神的に疲れてしまった。
大して動いてもいないのに、太ももあたりが震える。
「我ながら、情けない」
黒剣を左右に振って血を払い、黒剣を創造した鞘におさめる。
運動不足に、痩せ細った神経。
それも仕方がないだろう。なにせ、ここは平和な世界で。
俺の役目は、もう十年も前に終えたはずで。
勇者はもう、必要なくて。
しかし――
「また、誰かが必要としてくれるかもしれない」
昔、親友に言われたことがある。
〝キミは羅針盤だ。誰かの手の上でなければ真価を発揮しないし、単体で存在することに意味がない〟――と。
その言葉に対して、当時の俺がどう思ったのかはもう覚えていない。
しかし、今なら納得できる。
いつも俺は求めていた。
師と呼べる人を。憧れの人を。乗りこなしてくれる人を。
何をやっても満足できなくて、うまくまわらなくて。
でも、誰かに頼まれたことや望まれたことはうまくやれていた。
だからあっち側の世界に呼び出され、力を求められた時――俺は恐れや不安と共に、幸福に包まれていた。
この世界でなら、俺を使いこなしてくれると。
結果、俺は師と彼女に支えられながら、勇者としての役割を果たした。
――あの時の感覚が、いま再び芽吹いていた。
体の芯から湧き上がる熱情。
忘れていた熱。生の実感。
こちらの世界に戻ってきてから、一度も感じたことのなかった熱が渦巻いている。
渇きが潤されていく。
「ありったけの愛を叫んでやりたい気分だ。めちゃくちゃに抱きしめて、キスを浴びせてやりたいくらいだよ。まったく」
武者震いと高揚で喉が震える。
この昂りが消えてしまわぬうちに、俺はスマホを取り出した。
電波はまだ途切れていない。
マップアプリで深江高校を検索する。
「ここから五キロか。そう離れていなくてよかった」
身体強化を行えば一分もかからない。
道中の魔物を殲滅しながらでも、そう時間はかからないはず。
目的地までのルートをざっくり覚えた俺は、進行方向の近くに存在する魔物を狩りながら深江高校まで走った。
*
「これでもう大丈夫です。建物の中から絶対に出ないでください。あとで迎えに来ますから」
「わ、わかりました!」
「お兄ちゃん、ありがとっ」
「お、おう!」
幼稚園に結界を張り終えた俺は、園児たちに見送られながらその場を後にする。
思っていた以上に魔物の数が多い。
比例して被害も多く、道端には血痕や死体が散らばっていた。
「お姉さん、今から安全な場所に跳ばします。なのでパニクらないように」
「え、え、どういう――」
なんとか助けられた人数は十五人。
その全員を文枝さんが待つ俺の部屋に跳ばした。
「流石にもう満杯だろうな。1LDKだし。次は幼稚園に跳ばすか」
わざと垂れ流している魔力に釣られて、魔物が集まってくる。
それらを黒剣で片付けながら、一つ気付いたことがある。
血のように不気味な赤い空は、おそらく結界だ。
空が赤く染まったのではなく、赤い膜のような結界が空を――この世界を覆っている。
尋常ではない規模の結界だ。
それがどんな効果を持つのかはわからない。
ただ、
『ギャアッ』
「……なるほど」
断末魔を上げて
とても小さな、六等星のように肉眼でギリギリ見える程度の花弁が赤い空に幾つも浮かんでいる。
それは、魔物を一体殺せば花弁が浮かび上がり、五体殺せば一つの花が完成するようだ。
いや……
「人間もカウントされるのか」
無数に、それこそ星座のように浮かび上がっている花々。赤く輝く星の花。
現時点で魔物を斃せる人間はほとんどいない。
それこそ自衛隊が保有する銃火器や、格闘技を会得している者、あるいは四級魔獣なら不意を突いて斃すことは一般人でも可能だ。
けれど、そう易々行えるものではない。口で言うのは簡単だが、実際にやるのとでは天と地ほどの差がある。
だからこそ、この赤い空に星座を作り上げている大半は、人の死。
それが一体なにを意味するのか。なにをもたらすのかはまだわからないが、考えるまでもなく悪い結果にしか転がらないだろう。
「あれを破壊するだけの力は、全盛期の俺にもないな」
可能性なら見えないこともないが。
とりあえず放っておこう。今は――
「
深江女子高等学校の正門にたどり着く。
二メートルほどある門は無惨にも破壊され、校舎の方からは焦りの気配をいくつも感じる。
「体育館に人が集まってる。教師が誘導してるみたいだな。魔物は……幸いなことに一匹か」
ただ数人の犠牲は出ているようだった。
瞼を開けて集中を解く。
とりあえず人の多い体育館に向かおう。
魔物もそっちに向かっているようだ。
「……不審者扱いされないよな?」
ここ、女子高みたいだし。
大丈夫だよな?
大丈夫だと思いたいが、助けた後に訴えられたりとかしないだろうか。
そこだけが不安だ。
年頃の女の子ってめんどくさそうだし……。
「……最悪、
いやな記憶を思い出して、顔が歪む。
「よし。パパッと助けて文枝さんのとこに戻ろう」
そしてワンチャンを期待しよう。
俺はさっそく体育館に繋がる外廊下の壁を蹴り壊した。
『!?』
「メスの匂いに敏感ってのは本当だったんだな、クソ豚が」
粉砕する壁ごと紅の巨体を蹴り飛ばす。
反対側の壁も打ち抜き、ゴロゴロと巨体が転がった。
『ぶ、ブォォゥッ!?』
全身を怒りで震わせながら立ち上がる巨体。
第三級魔獣、オーク。
豚顔に二メートルを越える巨漢。絵に描いたようなオークが俺を
「あ……あなたは……!?」
「もう大丈夫だ。安心してくれ」
「ぁ……っ」
外廊下で倒れていた少女に上着を被せる。
彼女はオークに捕まり、甚振られる寸前だった。
間に合ってよかった。
もし彼女が希空ちゃんだったらと思うと、急に焦燥感が溢れてくる。
「変なこと訊くけどさ、ここに文枝希空ちゃんって子はいる?」
「え? あ、はい、わたし……ですけど」
「間に合ってよかった!!」
「えっ!?」
ガッツポーズをする俺に、困惑した表情を浮かべる少女――希空ちゃん。
マジで間に合ってよかったと心底思いながら、俺は突進してきたオークを真正面から蹴り飛ばす。
再び地面を転がるオーク。
ただ先と違うのは、左腕がひしゃげて使いものにならなくなっていること。
『―――ッ!?』
「口を閉じろよ、豚野郎。レディが怯えてるだろ」
醜い悲鳴を上げる口を下から蹴り上げて塞ぐ。
わずかに浮いた巨体。
俺は拳をオークの腹部に叩き込んだ。
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