第3話

 ことの発端は、大島が、ラグビー部の後援会の副会長から監督の山端が、なにか受け取っているところを目撃したことだった。

 その日、大島はたまたまひとりで、クラブハウスの執務室に保険の書類を持って行ったのだった。そして、監督が受け取っていたものは小切手だったというのだ。大島の家は自営で商売をしていて、小切手も見たことがあるからすぐわかった、と興奮して話した。

 ラグビー部の後援会の会長は、今年八十歳になるOBが務めていたが、ほとんど名誉職のようなもので、実務は副会長の赤井が行なっている。赤井は、龍太の同級生でラグビー部に所属している赤井亮二の父親だ。亮二は明日の先発メンバーに選ばれている。

「いちいち騒ぐようなことか? それって普通に、ラグビー部への寄付金ってことだろ?」

 龍太がのんびりいうと、大島は顔を赤くして否定した。

「そんなはずはない。スポーツ振興寄付金はラグビー部宛てであっても、いったん学校の口座に収めるんだ。そこから各部に分配される仕組みになってるんだよ。直接個人に手渡すはずないんだ」

 酒井は眉をひそめた。

「お前が言いたいのはさー、父親が監督にお金を渡してるから、赤井はメンバーに入れたってことだろ?」

「いや、それはないだろ」

 龍太は即座に否定した。

 龍太は山端監督の顔を思い浮かべた。太い眉の男らしい顔だ。怒ると怖いが、裏表のある人ではないと思う。あの人を疑いたくなかった。

「赤井、最近練習の時、すごく頑張ってただろ? そんなふうに疑うのはかわいそうだよ」

 酒井も大島に抗議する。

「赤井は父親のやってることを知らないんだと思う。あきらかに下手な選手なら、さすがに無理があるだろうけど……同じくらいの実力だったらどうだ? メンバー入りぎりぎりの実力だったら? 監督だって使うメリットの多い選手を採用するんじゃないか?」

 大島が全員の顔をみまわすと、三人は黙ってうつむく。

 神田が暗い表情で口を開いた。

「たとえそういう事実があったとしても、俺は赤井だったらあきらめがつく。赤井はたしかに頑張ってたし、もともと実力あるからな。だから俺らの代はいいんだ。でもこの後はどうなる? このまま、この疑惑をほっとくのか? 金銭の授受が横行したらどうする? 監督への寄付合戦が始まるのか?」

「そこだよ」

 大島は我が意を得たり、とばかりに大きくうなずいた。

 そんなことになったら古豪復活ところか、雪城高校のラグビー部は腐敗しきってしまう。

 龍太は腕を組んで考え込んでいた。山端監督を信じたい。しかし、たとえなにかの誤解であったとしても、そんな噂が選手や保護者のあいだに伝わったら、面倒なことになる。

「それで……お前はどうしたいんだよ」

 龍太が大島にたずねると、大島はきりりと決意のある顔になった。

「俺たちで監督に直接話しに行こう。俺たちは、赤井をおろしてほしいって話しに行くんじゃない。来年以降はそういうことでメンバーを決めないでほしいって話をしに行くんだ。俺たちはそういうこと知ってるんですよって。監督に伝えに行くんだ」

 龍太は、直談判ならば一緒に乗り込みたいと思った。一方的に決めつけるのではなく、監督の言い分もきくのがフェアだという気がした。

「わかった。監督と直接話をするなら、俺も行く」

 龍太は即答した。

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