走れゑろす
@Sevenseed1111
走れゑろす
①
エロスは激怒した。必ず、かの邪智暴君の王を取り除かねばならぬと決意した。エロスには政治がわからぬ。エロスは、ムラの漫画家である。エロ同人を書き、性欲の獣と遊んで暮らしていた。けれども自分の性癖に関しては人一倍に敏感であった。きょう未明エロスはムラを出発し、野を超え山を超え、十里離れた此のセク◯スの市にやってきた。エロスには乳も、母も無い。人妻も無い。16の、内気な原稿と二人暮らしだ。この原稿は、ネットの或る律儀な一ファンを、直々購入者として迎えることになっていた。購入日も間近かなのである。エロスは、それゆえ、原稿の表紙のための紙やら新しいGペンやらを買いに、はるばる市にやってきたのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。エロスにはセフレの友があった。セ◯スンティウスである。今はセ◯ロスの市で、石工をしている。そのフレを、これから訪ねて♂みるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて♂行くのが楽しみである。
②
歩いているうちにエロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当たりまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなエロスも、だんだん不安になってきた。路であった風俗帰りの若い衆をつかまえて、何があったのか、二年まえも此の市に来たときは、夜でもみんな愛らしい声で鳴いて、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いてSMクラブを嗜んでいる老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は興奮しながらも答えなかった。エロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる喘ぎ声で、わずか答えた
「王は…ンァ、エロ同人を、殺し、ます…♡」
「なぜ殺すのだ」
「異常性癖を…、ァッ、抱いているというのですが、誰もッ♡、そんッ、な♡、悪心を、持っては……♡……ふぅ。持っては居りませぬ。」
「たくさんの同人誌を殺したのか。」
「はい。はじめはNTRを。それから近親系を。それから、異種族姦を。それから、植物×人間を。それから、倫理観崩壊系を。それから、SMものを。」
「おどろいた。王は乱心か?」
「いいえ。乱心ではございませぬ。人を、信ずることが出来ぬ、というのです。このごろは、レズ風俗をも、お疑いになり、少しく異常性癖を晒している者には、別ジャンルの同人誌を一冊ずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めばネットとリアルですべて晒され、社会的に殺されます。今日は、6人晒されました。」
聞いて、エロスは激怒した。「呆れた王だ。生かしては置けぬ。」
エロスは単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城に入って行った。たちまち彼は、全裸の警吏に捕縛された。調べられて、エロスの懐からエロ同人が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。エロスは、王の前に引き出された
「このケモナー系NTR風ガチホモ同人でどうするつもりであったか。言え!」暴君エロニスは気持ち悪く、けれども威厳を以て問い詰めた
③
その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「市を暴君の手から救い、お前を沼に引きずり込むためだ。」エロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」王は、嘲笑した。「仕方のないやつじゃ。お前には、私の性癖はわからぬ。」
「言うな!」とエロスは、イキり立って反駁した。「人の性癖をけなすのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の一般性癖さえ疑って居られる。」
「けなすのが、正当な心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、お前たちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと変態のかたまりさ。信じては、ならぬ。」
暴君は落ち着いて呟き、ほっとため息をついた。
「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんのための平和だ。自分は一般性癖だと安心するためか。」こんどはエロスが嘲笑した。「変態をネットとリアルで晒して、何が平和だ。」
「黙れ、エロス。」王は、さっと顔をあげて報いた。
「口では、どんな清らかなことも言える。純愛推しだとか、ロマンス好きだとな。だがわしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、ネットで炎上して、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「あぁ、王は純愛派だ。自分は普通だと自惚れているがよい。私は、ちゃんと自分の性癖を晒す覚悟でいるのに。命乞いなど決してしない。ただ、ーー」と言いかけて、エロスは足元にあるあるケモナー系NTR風ガチホモ同人誌「僕が、彼に喰われる迄……」に視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、晒しまでに三日間の日限を与え下さい。たった一冊の同人誌に、買い手を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私はコミケで納入を済ませ、必ず、ここ
へ帰って来ます。」
④
「ばかな。」と暴君は、皺がれた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわい。逃した異常性癖犯罪者が帰ってくると言うのか。」
「そうです。帰ってくるのです。」エロスは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。同人誌が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないのならば、よろしい。この市にセク◯ンティウスというセフレがいます。私の無二のセフレだ。アレを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、彼をSMプレイの一環として縛ってください。たのむ、そうして下さい。」
⑤
それを聞いて王は、内心ドン引きで、誤魔化すためにそっと北叟笑んだ。な、生意気なことを言うわい……。どうせ流石に縛るのはやめろと言うにきまっている。この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代わりの男の性癖を、流石にSMプレイはしたくないからネットで晒してやるのも面白い。ホモは嘘つき、と私は悲しい顔をしてその身代わりの男を晒してやるのだ。世の中の、ケモナーとかいう変態にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代わりを呼ぶがよい。三日目には日没までには帰って来い。おくれたら、その身代わりを、きっと縛るぞ。ちょっと遅れて来るがいい。お前が城に押しかけたこと自体は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「み、耳元で何をおっしゃる……♡」
「はは………………自分の性癖が大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ………多分…」
エロスはエロニス×エロス展開が口惜しく、地団駄踏んだ。ものもいう暇がなかった。
⑥
セフレのフレ、セク◯ンティウスは、深夜、王城に召された。暴君エロニスの面前で、佳きフレと佳きフレは、2年ぶりで相逢うた。エロスは、フレに一切の事情を語った。セク◯ンティウスは無言で首肯き、エロスをひしと抱きしめ、掘った。フレとフレの間は、それでよかった。
セク◯ンティウスは、縛られた。エロスは、すぐに出発した。真夏の夜、満天の星である。
エロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、アパート「ムラ」へ到着したのは、翌る日の午前、陽はすでに高く昇って、ムラ人たちは野に出て外回りをはじめていた。エロスの16頁の同人誌(次の段落までは、「妹」と呼ぶ)も、今日は兄のかわりにお留守の番をしていた。家賃も払わずに出ていったクセに、ノコノコと帰ってくるエロスの顔を見て驚いた。そして、エロスにうるさく質問を浴びせたような気がエロスにはした。
「………何も…‼︎!な”かった……‼︎!」エロスは、緑髪の剣士のような声で、無理に笑おうと努めた。
「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かねばならぬ。あす、お前の売買を行う。早いほうがよかろう。」
妹は頬を赤らめた気がした
「うれしいか。綺麗な帯も買って来た。さぁ、これから行って、ムラの人たちに知らせて来い。購入手続きは、明日までだと」
エロスは照れているような気がする妹を部屋に残し、自室に篭った。推しの祭壇を飾り、アクリルスタンドを一舐めした後、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
⑦
目が覚めたのは夜だった。エロスは起きてすぐ、購入者の家へと凸した。そうして、すこし事情があるから、購入は明日にしてくれ、と頼んだ。購入者は驚き、それはいけない、こちらにはまだ何の支度も出来ていない、給料日まで待ってくれ、と答えた。エロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。購入者も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか購入者をなだめ、すかし、懐柔し、後払いということで説き伏せた。購入手続きは、すぐ行われた。買い手と売り手の、熱い握手が交わされ、家に帰り真昼になったころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が振り出し、やがて電車が緊急停車を行わなければいけないほどの大雨となった。エロスは、「あっふーん」と思い、不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、デリヘルを呼んだ。狭い家の中で、互いの温もりでむんむん蒸し暑いのも怺え、ムードのある洋楽を流し、しばらくは、王との約束をさえ忘れていた。交じり合いは、夜になっていよいよ乱れ華やかになり、二人は、外の豪雨を全く気にしなくなった。エロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人と生涯こうしていたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものではない。ままならぬ事である。エロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。明日の日没までには、まだ十分に時間が在る。けどそろそろ金額が怖いから、帰らせた後ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう。少しでもこの状況に愚図愚図とどまっていたかった。エロスほどの変態にも、やはり未練の情というものは在る。寝る直前、悪戯心が芽生え、セク◯ンティウスに電話をかけた。
「私のために、ありがとう。私は盛った結果疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。目が覚めたら、王に新しいプレイを提案しなさい。私がいなくても、お前にはたのしみがいのある男を近くに侍らせてるのだ。決して寂しい事は無い。私の、一ばんきらいなものは、百合と、純愛系セ◯クスということは、おまえも、知っているね。王を、こちら側に引き込みなさい。おまえに言いたいことは、それだけだ。私も、お前も、多分偉い男なのだから、その誇りを持っていろ。」
セ◯クスンティウスは、声にならぬ声で喘ぎながら、聞いた。エロスは、それをよしとして、電話を切った
⑧
電話を切った後、エロスは笑って推しの祭壇に会釈して、ベッド周りを清掃し、その後、犬小屋から羊小屋程度には綺麗になった寝床の中にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
目が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。エロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫。これから朝の体操をして、ツイッターにて近況報告をしてからでも、多分ギリギリ間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の真実の存するところを見せてやろう。そうして笑ってネットとリアルで晒されてやる。エロスは、悠々と身支度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身支度は出来た。さて、エロスはぶるんと両腕を大きく振って、雨中、亀のごとく走り出た。
⑨
私は今宵、晒される。晒されるために走るのだ。ドMの友を救う為に走るのだ。王の純愛過激派な思想を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は晒される。若いころから自分の性癖を守れ、さらば、アパート。若いエロスは、つらかった。幾度か、セ◯スンティウスの状況を思い出し、吹き出しそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。ムラを出て、野をとこ切り、森をくぐり抜け、隣のアパートに着いたころには、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなった来た。エロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや同人誌もとい妹への未練は無い。あの二人は、きっと相性が佳いだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要もない。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り戻し、好きな小歌をいい声で歌い出した。とことこ歩いて二里三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、振って湧いた災難、エロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方のハッテンバを。
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中で人の理性のダムは氾濫し、欲の濁流滔々と下流に集り、猛勢一挙に理性を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木端微塵に橋桁を跳ね飛ばしていた。彼は嬉々として立ち止まった。あちこちと眺めまわし舐めまわし、また店内を窓から覗こうと試みたが、ホテル内の人は残らず熱に浮かされていて、まともな精神がある人は一人も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。エロスは川岸にうずくまり、情欲を抑えながらギリシャ神エロースに手を挙げて哀願した。「あぁ、鎮めたまえ、荒れ狂う性欲を!時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。例のアレが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私の代わりに晒されるのです。」
11
ハッテン場は、エロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく踊り狂う。性欲は性欲を飲み込み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はエロスも覚悟した。この中の皆を犯し切る他に無い。ああ、神々も照覧あれ!濁流♂にも負けぬ愛♂と誠♂の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。エロスは、ざんぶとベッドに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う棒を相手に、必死の闘争へのゴングがなった。満身の力を腰にこめて、押し寄せ渦巻き引きずるオトコ達を、なんのこれしきと掻きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神もウホッ♂と思ったか、ついに憐憫を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、店の裏口に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。エロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
12
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私には社会的地位と、デリヘル嬢がもっていたからこっそり拝借した香水の他には何も無い。その、同人作家としての地位も、これから王にくれてやるのだ。」
「えぇ…(困惑)…そ、その香水と社会的地位がほしいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで待ち伏せしていたのだな。私に縛りプレイをするための縄と蝋燭も持って。」
山賊達は、羞恥心からものも言わず一斉に縄を取り出した。エロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その縄を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」
と猛然一撃、たちまち、三人の顔に香水をかけ、亀甲縛りをし、残る者がその手際の良さにひるむ隙にさっさと走って峠を下った。一気に峠を駆け下りたが、流石に疲労し、折から灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、エロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。
13
立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流♂を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たエロスよ、真の勇者、エロスよ。今、ここで精力尽きて動けなくなるとは情無い。愛するセフレは、お前にハメられたばかりに、やがて晒されねばならぬ。おまえは、おまえは、稀代の純愛過激派の人間、まさしく王の思う壺だぞ。と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝転がった。身体疲労すれば、精神も共に賢者となる。もう、どうでもいいという、無気力系同人作家にはお似合いな不貞腐れた根性が、また再発した。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めてきたのだ。私のワタシが擦り切れそうなほど、振ってきたのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と情欲だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽き、萎えたのだ。私は、よくよく不幸な漢だ。私は、きっと鼻で笑われる。私の「妹」達も笑われる。私は友を欺いた。もう、どうでもよい。これが、私の定まった運命なのかも知れない。
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セク◯ンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私の性技に驚嘆した。私もきみを、楽しませようと全力を尽くした。それを思えば、たまらない……♡。ホモとホモの間の身体の相性の真実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。セク◯ンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ!私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流♂を突破した。山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を攻めて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は「敗北者」じゃけぇ…。先の時代に取り残されたのだ。笑ってくれ。王は私に、ちょっと遅れて来い。と耳打ちした。おくれたら、身代わりを晒して、私を助けてくれると約束した。私は王の純愛に対する過激性を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして、私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セクス◯ティウスよ、私も晒すぞ。君と一緒に晒させてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか?ああ、もういっそ、悪徳者として生き延びてやろうか。ムラには私の家が在る。羊皮紙も在る。妹は、まさか私を追い出すような事はしないだろう。性技だの、真実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を社会的に殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、酷い裏切者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
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ふと耳に、潺々(せんせん)、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、白い水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、イワの裂目から滾々(こんこん)と、何か小さく囁さやきながら精水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬って、一くち飲んだ。おえと短い嗚咽が漏れて、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に
報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。
16
私は信頼されている(願望)。私は信頼されている(切実)。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ(錯乱)。悪い夢だ(自分に言い狂るめ)。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。エロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者♂だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、性技の士として(もちろん社会的に)死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、エロースよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして社会的に死なせて下さい。
17
路行く人を押しのけ、跳ねとばし、エロスは黒い風のように走った。野原で青姦の、そのハッテン場のまっただ中を駈け抜け、人体錬成(意味深)中の人たちを仰天させ、犬プレイをしている人を蹴とばし、小栗旬を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の肌を焼いている人と颯っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。
「おまたせ。アイスティーしかないけど、いいかな?……いまごろは、あの男も、ネットで晒される準備をされているよ。」
ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を社会的に殺してはならない。急げ、エロス。おくれてはならぬ。愛♂と(伊藤)誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。醜態なんかは、どうでもいい。エロスは、いまは、そのガチムチボディを、ほとんど民衆に晒しているのであった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、セクロスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
18
「ああ、エロス様。」
うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」
エロスは走りながら尋ねた。
「フェ◯ストラトスでございます。貴方のお友達セク◯ンティウス様の弟子でございます。」
その若いセフレも、エロスの後について走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方が晒しにあうところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
エロスは股間の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。先走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分の同人作家としての生命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。いろんな喘ぎ声を引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方の性癖をからかっても、エロスは来ます(確信)、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の社会的羞恥も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フェ◯ストラトス。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
19
言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の精力を尽して、エロスは走った。エロスの頭は、性欲以外でからっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きなチカラにひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、エロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て!我が名はアシタk……ではなくてエロス!その人を殺してはならぬ。エロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」
と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉がつぶれ、股間の位置がズレて嗄れた声が幽かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに晒し用の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセク◯ンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。エロスはそれを目撃して最後の欲、先刻、濁流♂を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、刑吏! 晒されるのは、私だ。エロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、盛った。群衆は、どよめいた。ホモやん。ウホッ♂、と口々にわめいた。セク◯ンティウスの縄は、ほどかれたのである。
20
「セクスンティウス。」
エロスは眼に涙を浮べて言った。
「私を犯せ。ちから一ぱいに私を犯せ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若し私を襲ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。犯せ。」
セクスンティウスは、すべてを察した様子で首肯うなずき、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くエロスを犯した。襲ってから優しく微笑み、
「エロス、私を犯せ。同じくらい音高く私を犯せ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を襲ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
エロスは腰に唸りをつけてセクスンティウスを犯した。
「ありがとう、友よ。」
二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
群衆の中からも、ホモの声が聞えた。暴君エロニスは、群衆の背後から二人の盛る様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶かなったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実や性技とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間♂に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、王様万歳。」
ひとりの少女が、緋のマントをエロスに捧げた。エロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「エロス、君は、恵体じゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、エロスの裸体が、皆のオカズにされていることが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、ひどく赤面した。
走れゑろす @Sevenseed1111
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