第17話
夕焼けの精霊が「雨の匂いがする」と言っていたからか、雨が降り始めたようだ。ということは、雨の神が姿を現す。あいつは妙なところから現れるから心臓に悪い。今日は何処から現れるのか。
背中を悪寒が滑り落ちた。バッ、と振り向いてみるも、姿は無い。後ろにいるのかと思ったのにいない。天井に逆さに立っているわけでもない。来ないのか? それともまた背後に立っているのか? どうして私がここまで緊張しないといけないんだ!
ふと、足元に黒い水溜まりができていることに気付いた。
黒い水溜まりが泡立ち、破裂して、蛆虫がわく。ひどく気分が悪い。思わずその場に膝から崩れ落ち、嘔吐した。黄色い液体が広く
ビシャリッ!
閃光が部屋中を駆け抜ける。雷が落ちたのか地響きがした。
視界の端に影が見えた。景壱だろうか。
閃光が再び部屋を駆け抜ける。瞳が光った。冷たい紺碧色の瞳に
「あなたは、時間を使い過ぎてる。等価交換という言葉をご存知無い?」
手が伸びてきて、私の顎をがっしり掴まえた。彼は細い腕をしているように見えるのに、意外と力が強い。透き通った瞳の奥に星が輝いている。
いつの間にか床には黒い水溜まりが増えていた。あちらこちらで泡立ったものが破裂し、蛆虫がわく。気分が悪い。更に吐こうとするも顎を掴まれ、口を開くことさえ許されない私は吐き出したものを無理に飲み込むに至る。気持ち悪い。
「一人や二人ならまだ支払いようがあっただろうに、あなたは何人邪魔だと思った? あなたの勝手な被害妄想のお陰で何人が消えた? お陰様で、あなたに関わった人間は全ていなくなった。あなたはさぞや気分が良くお過ごしやったと思う。アカウントが動かなくなったことも、消えたことも、何もなくなったことさえも、あなたはブロックされたと思えば済む話。だけれど、その裏で何がどう動いているかは知ろうともしない。夕焼けの精霊は『尋ねられたことしか答えない』。他人の気持ちを汲み取って会話をしないから。……とっくに、あなたの時間は消え去った。ま……、面白いから、そのままにしているんやろね」
彼が喋る度に見えない糸が体に食い込んでいくように感じられた。実際に糸なんてものは私の体に絡みついていない。それなのに、確かに、糸がある。糸が肌に食い込んでいく。肌が赤くにじんで、血をぷつぷつと膨らませる。強烈な痛みを伴い、身が裂けそうなくらいに痛い。
糸鋸の刃が押しては引いていくように、ゆっくりと、確実に、切られているような痛みがある。手首が、足首が、首が、痛む。
どうして私がこんな目に? どうして? 私は何もしていないのに! 私は私をバカにしたやつを消してほしいって願っただけだ。バカにするほうが悪いんじゃないか! 誹謗中傷するほうが悪いじゃん! 私は何も悪くない!
「そう。あなたは世間知らずでワガママだった。井の中の蛙ということも理解できていなかった。自分が一番だと信じて疑わないその自信だけは褒めてあげても良い。何か言いたそうやから、発言を許可してあげよう」
巻き付いていた糸が緩まっていく感覚がした。部屋に黒い水溜まりもなくなった。あるのは、私が吐いたゲロくらいだ。
「何でそんなにエラそうなわけ! あんたのほうこそ上から目線で腹立つ!」
「ククッ、俺が上から目線で話すのは当然のこと。俺は神であるから、あなたよりも上の存在であることは確か。そのことはあなたも知っていると言うのに、今更そう言うとは愚の骨頂やね」
「私の悪口を言うな! あんたも誹謗中傷してきた! あんたも私の邪魔をしてるんだ! 死ね! 死んじまえ!」
「はは、あはっ、あっはっはっは! どうなるか、目にしっかりと焼き付けて知ると良い。あなたの創作に活かせるように、な」
――シュッ!
冷たい金属が空気を裂く音が聞こえたと思えば、目の前にいた景壱の首が宙に舞って、ゆっくりと床に転がった。糸の切れた操り人形のように、首を無くした体が床に転がる。床に、黒い液体が拡がっていく。
「神殺しというものは、滅多に体験できるものではございませんよ。あはあは!」
刃先の黒い液体を拭いながら、夕焼けの精霊は笑っていた。猛毒を含んだ美しい笑みだった。
書かないと、今、すぐに、書かないと、この感情を、綴らないと。神を殺した人間のダークファンタジー、傑作だわ! きっと皆読むし、感想もバンバン届くに決まってる! こんなに面白い話無いもの!
私はすぐにスマホを手にして、文章を綴っていく。投稿できる文字数が決まっているから記事を分けて、一気に投稿した。少し長い文章だから、すぐにいいねつかないか。
部屋の掃除をしないと。ゲロは簡単に掃除できるけど、問題はこいつだよな……。
「ねえ、帰る前にこの死体どうにかしてよ」
「嫌でございます。どうもこうもしないのでございます。あなたは自分勝手すぎるのでございます。サービスしてあげたのに感謝もできない人は嫌いでございます。それとも、素直な質問さえも『誹謗中傷』と言っていたくらいのド低能さんにはご理解できないでしょうかねえ? 頭に脳味噌が入ってないのでございますか? それとも脳味噌つんつるてんでございますか? どちらにせよ。あなたは時間を使い切っているのでございます。これ以上私があなたの願いを叶えることもございません。それでは、さようならー!」
腹立つことを言い残して彼女は再び姿を消した。
ここで背後から通知音が聞こえてきた。先程投稿したものに何か反応があったっぽい! いいねもシェアもされてる。
って、あれ? ダークファンタジーではなくて、解釈違いうちよその話? 何でそっちに反応するんだよ。ってか、他人の返信をシェアすんなっての。まあ、これで気をつけてくれるんなら、それはそれで良いけどさぁ。
なんかフォロワー減ってんだけど。いつも反応してた人さえいなくなってるわ。ウザいくらいのいいね通知見なくなったなと思ったらブロされたか? フォロワー数見てる間に減ってってるし、何だよそりゃ。
お別れはブロ解でお願いします。数増やしで残しておこうと思わないでください。不愉快です。って書いておけば良いか。何で私が興味も無いクソみたいなイラストや小説見なきゃいけねぇんだよ。私の作品見るならまだしも、まったく見ないなら数でしかないっての。
おっ、返信通知だ。
見たこともようなおはなしでとても面白かったです。私も小説を書いているので、参考にさせてもらいます。よければ私の作品も読んでください。異世界ファンタジーです。
誰が読むかっつーの! 自作の宣伝してきてんじゃねぇよ! しかもコピペで色んな人に送ってんじゃんかよ! ふざけんな! ブロックじゃ!
クソしかいないのかっての。早く私の新作読めよ。そんで感想くれ。異世界ファンタジーって最近多いけど何が面白いわけ? どうせ主人公がチート使うんでしょ? そういうのは嫌いなんだよなぁ。そういうのが投稿サイトにはびこってるから、私のようなファンタジー作家が読まれないんだっての!
「何でこんなつまらない話ばっか読まれて私の作品は読まれないんだか」
「……知りたい?」
「ひっ!」
床に倒れていた体が動きだして、首を乗っけていた。
ガコンッと、フィギュアの関節部分を繋げたような音が鳴った後、紺碧色の瞳に星が煌めいた。
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