第16話

 頭の整理が追いついていない間に景壱が姿を消して、1週間が経った。

 面識の無い女が自宅で変死体として発見され、SNSの投稿が私宛てで、書きかけだったことから、また警察が家に来た。迷惑でしかない。

 けっきょく死因は心臓麻痺だとかそういう突然死扱いで終わるはずだ。私には関係無い。

 猫乃については何にも報せがない。あの日から投稿はしていないのかどうかも確認していないからわからない。春雨にはブロックされてるし、何しているかわからない。

 まあ、良いや。有償依頼が来たから、パパッと済ませよう。キャラデザは得意だからすぐに終わる。デザインだけじゃなくて表紙も依頼してきたら良いのに。わかってねぇなぁ!

 私に対して喧嘩腰の奴らもいなくなった。

 春雨の取り巻きがみーんなタイムラインから消えた。邪魔だったからちょうど良いや。春雨が小説を更新する度に感想送ってチヤホヤしてさ、見ててウザいし、タイムライン荒らしてんのわかってねぇのかよ! あと、最後に見た新キャラのデザイン、私のキャラとかぶってたじゃん。パクりかよ。パクッてるのが私にバレたくないからブロックしてんのか? うっざ。

「よーし、これで納品完了!」

 キャラデザを仕上げて納品した。向こうが受理したら、タイムラインに投稿して宣伝してあげよう。この人の小説読んだことないけど。

 スマホを見たら、通知が来ていた。メンション付き? 何? 感想?

 タイムラインを確認する。よく反応してくれる谷垣さんだ。イベントで私をバカにするような発言したからミュートしてたんだけど、通知は来るんだな……。で、何かと思えば、「月宮さん宅のエカチェリーナちゃんとうちのユージーンのうちよそ書きました!バトルです!」だと。

 は? ふざけんなし、何でうちの子がこいつのクソガキに負けるんだよ。こちとら、グランドキャスターだぞ! グランドの称号を持つ魔法使いだってのに、クソガキに傷ひとつつけらんないのはおかしい!

 うちよそありがとうございます。ですが、どうしてうちのグランドキャスターであるエカチェリーナがユージーンくんに傷ひとつつけられずに負けるのか理由がわかりません。

 負けるなら負けるで何かもっともな理由をつけてほしかったです。上級剣士でもなければ、傭兵でもない一兵卒にグランドキャスターが負けるのはおかしいと思います。

 文章はとても表現力豊かで良かったと思います。

 返信! ったく、キャラをわかってないなら、書くなっての。うちのグランドキャスターが負けるなんて解釈違い甚だしいわ!

 谷垣さんほどの人が何でこんな凡ミスの解釈違いすんだか。春雨と仲良い感じしてたし、わざとか? わざとなのか? ふざけんなよ!

 返信が来た。「すみませんでした。作品を消します。」はいはい。謝れば良いとでも思ってんのか? こっちは大切なうちの子にケガさせられてんだけど? 腹立つ! でも私は優しいから、許してあげよう。泳がせといたらお詫びに何か書いてくれるでしょ。

 次は気をつけてくださいね、と返信!

 こういうのばっかだから、うちよそ交流は困るんだよな。きちんと読んでから書けよ。

 そんなことしてる間にもう夕方だ。

 取引終了のメールが入っていた。購入者から評価も来たから、私も返しておこう。

 迅速なお取引ありがとうございました。楽しく描かせて頂けました。と!

 これが入金されたらダークファンタジーの資料買おう。やっぱり世界観の構築には資料が必要だよねー。

 いや、資料買わずに聞けば良くね? 身近に精霊と神がいるじゃん。それならこれで水晶でも買おうかな。浄化するやつ欲しかったところだし!

 そうと決まれば──、夕焼けの精霊を呼ぶには、鏡に夕焼けを映せば良いはずだから、これを、こう!

 鏡から、手が伸びてきた。

 鏡の中から伸びた白い手は、縁を掴んでずるり、ずるり、と、その姿を表へ引っ張りあげてくる。

 耳障りな音と共に、夕焼けの精霊が姿を現す。顔が背中を向いている。彼女は自分の頭を両手で掴み、ごき……っと鈍い音を立てて首を回した。

「どうもどうも! またお会いしましたね! ウフフ」

「聞きたいことがあるんだけど。猫乃と他に女を殺した?」

「嗚呼、その話でございますか。私はあなたが願ったように、あなたに危害を加えるもの、邪魔するもの、あなたをバカにするやつ、全部を消しておりますよ。ご安心くださいませ。とても楽しい願いでございますから、迅速に対応してるのでございます」

 それなら、もう猫乃は死んでるのか! ザマァミロ! 会ったことない女は少し可哀想だけど、私を不快にした罰だ!

「で、話はそれだけでございますか?」

「小説のネタにしたいから、神でも精霊でも良いから、何か使えそうな話して」

「あァらまあ、ソレハソレハ……、無理な相談でございますね。私、願いは一度しか受けません。それに、ソウイウモノは、私より適任がいるでしょう。全てを見透す邪神は誰よりも知識を求め、天より高い海底に潜み、地より低い星を掴むのでございます。えてして、あなたが望むものを私は叶えられないのです」

 つまり、景壱に聞いたほうが良いって話か?

 神と精霊なだけあって知り合い? それとも、敵対関係がある?

「それならさ、あんたがずっとここにいることはできるの?」

「私はこの鏡から現実こちらへ現れますが、時間が限られているのです。夕焼けが世界を染める頃でございます。黄昏時はあの世とこの世の境目があやふやになりますので、人ならざる者が紛れ込みます。運が良いとエンカウントして死亡あの世行きでございますが、マア、そのへんは私にはどうでも良いのです。あなたが何を聞きたいかは知りませんが、時間は有限でございます。……人を呪わば穴二つ。あなたが願う度に、あなたの命は削られていきます。嗚呼、雨の匂いがしてきました。私は帰るのです。さようなら、さようなら、さようならー!」

 こやけは鏡に手を差し、骨が折れるような音をさせながら、向こう側へ帰っていった。

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