第13話

 恐怖で体が動かない。目の前にいる精霊は、耳まで裂けていそうなほどに大きな口を開いて笑っていた。

 自分を殺そうと願った相手を殺してと願うなんて頭がおかしい。それだけ憎まれたり嫌われたりするようなことしてんのかよ。してるか! 私をバカにしてるくらいだから、私より格下で春雨ど同レベルぐらいでもバカにしてんのかな。

 「誰とは言わないけど、いつでも上から目線で妙な自論出してくるから会話にならない人って困りますよね」って、タイムラインで言ってるフォロワーもいたくらいだ。私も「わかる」と返信送ったくらいだもの。そいつからはいいねも返信も無かったけど。この私が共感してあげてるんだから、お礼ぐらい言ったらどうだっての!

「今の願い取り消しで!」

 私は両手を前に突き出しながら叫ぶ。

 こやけは特に文句を言う気配もない。開いていた口がすぅーっと人間の口の大きさまで戻った。

「それでは、何を願うのですか? 私は忙しいのです。くだらない願いを叶える暇は無いのでございます」

「逆に聞くけど、何ができるの?」

「できないことはできないと言うのです。先に願いを言えなのです。私は気が長いほうではないのです。さっさとするのです」

 少しガキっぽいな。何かを頼むにしても、こいつが喜んで叶えてくれそうなことは、私が何か損するかもしれない。いっそ技術的な向上を願うか? 智慧は景壱が授けてくれるから、こいつなら力を与えられるのでは?

「力がほしい」

「それは良い願いでございますね! 私、そういった願いが大好きでございますよ! エエ、エエ、私があなたの力になるのです! では、願いを張り切ってどうぞ!」

 もしかして、無限ループするのでは?

 どうすっかなぁ……。私も春雨と同じようなこと願うのも嫌だ。パクッてるように聞こえて嫌だ。

 あ、それなら、答えは簡単じゃん!

「これから私に危害を加えるもの、邪魔するもの、私をバカにするやつ、全部消して!」

「あはあは! それはとびっきりのお願いでございますね! 過去に邪魔する者を消してほしいと仰った方がおりましたが、そう来るとは頭がよく回る証拠でございます。天才でございますね。えらいえらい!」

 こやけは私の頭をぺしぺし軽く叩いた。褒めてるつもりか? 精霊だから人間とは価値観が違うし、扱いが少し難しいな。だけれど、これなら叶えてくれそうだ。

 代価は時間だし、実質無料で最強のボディガードを手に入れたとも言える。これから私を誹謗中傷するやつらは全員地獄送りだ!

「代価は時間でございます。私の力が必要になった時、私に会いたくなった時は、鏡に夕焼けを映すのでございます。そうすれば、道が繋がり、私はここへ現れましょう。それでは、さようなら、さようなら、さようならー!」

 そう言って、彼女は鏡の縁に手をかける。

 ばきっ、ごきっ、ずりゅ、じゅる、りゅりゅ……。

 奇妙な音と共に鏡の中にこやけは消え、鏡に私が映るようになった。

「なるほどな」

「うわっ!?」

「ああ、驚かせてしもたね。ごめん」

 いつの間にか背後に景壱がいた。外では雨が降り始めたようだ。窓に雨粒が滴って流れていっている。

 考えてみれば、雨が降るとこいつは現れる。

「あんたって、雨の日にしか来ないの?」

「俺は『次の雨の日に』と言って去ってるんやから、当然理解していると思っていた。わかっていないならば、説明をする必要がある。俺は雨の神であるが故に、雨と共に現れ、雨と共に消える。雨は地に吸い込まれているので、雨が止もうが滞在する時間の方が長くなるのはご愛敬。ということで、あなたは夕焼けの精霊を召喚したようやね。彼女はどんなことでも叶えようと努力する子やけれど、幼さが残るばかりに大きな勘違いをしてしまうことがある。例えば――」

「待って。話が長い」

「……話が長くなってしまうのが俺の悪い癖の一つでね。そこはご容赦願いたい。で、夕焼けの精霊はその幼さ故に、言葉を理解していない時がある。例えば、ある男が『片想いの相手を自分のモノにしたい』と願った。ここで言うモノとはつまり所有物。恋人になりたいだとかそういう独占欲と支配欲を満たす類のもの。しかし、彼女はそうとは知らずに、その片想いの相手をモノにしてしまった。あの時は、生首のフリーズドライだったかな。男は発狂し、泣き叫んだが、彼女は『泣くぐらい喜んでもらえて嬉しいです!』と返して帰ってきたようだ。ま……、あなたの願いはまだ夕焼けの精霊にはわかりやすいか」

 景壱は先日と同じようにタブレット端末を取り出し、私が理解できない言葉を呟いた。暗かった画面には極彩色が溢れ、思わず目を閉じた。

 何故か見てはいけないような気がした。背筋が凍る。クックッと喉の奥で笑う声が聞こえた。

「何も見ず、何も聞かず、何も話さなければ、何も知らずに、生きられたのにな」

 歌うように囁かれた声が、頭の中で響く。

 目を閉じているのに何か見えている気がする。黒いヘドロのようなものの真ん中に、人形が落ちていて──……。

「この世には、知らなくて良いこともある」

 思考が引き戻される。何も見えなくなった。今のは何? 夢?

 目を開く。私の前で景壱は笑っている。ザザザッと一瞬、視界にノイズのようなものが走った。見えているのに、見えていないような感覚がした。その一瞬で感じ取れたものは、口の端を縫われた綺麗なお人形の姿だ。

 あれが、目の前にいる彼の正体? どちらが?

「さて、あなたは再び真実を知る権利がある。知りたい?」

 紺碧色の瞳の奥に、散りばめられた星々が、見えた。

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