第7話

「その本の表紙さ、春雨さんのと似てるよね? パクられた?」

「構図自体は誰もが使うポーズ集のだから、かぶることもあるって。私が気になってるのは、表紙よりも本文。サンプル読んだ時に面白くてさ」

 ほら、やっぱり嫉妬してるだけだ。私のほうが絵も上手いし、文章も上手い! 面白いって言ってるじゃん。

 春雨さんはページを捲っていく。読んでいる感じは全くしない。速読してんのか? それとも一回会場で読んでたのか?

 ページを捲る指が止まる。

「ここ! 読んでみて!」

「はいはい。……え。何言ってるかさっぱりだが?」

「さっぱりっしょ。ここ意味不明過ぎて好きだわぁ」

「もしかして、これ見るためにこんなつまらんパクり本買ったん?」

「パクりってはっきり言ったら可哀想っしょ。お月様はメンタルよわよわなんだから」

 は? パクりって何? 私が資料集めて、考えて書いた小説をパクりって何だよ。

 フォロワーのファンタジー作家が投稿してたネタとラブコメ作家のネタ使ってるだけじゃん。2人ともまだ作品にしてないんだし、パクりにはならないでしょ。ネタの段階だから、本編じゃないし。ネタかぶりもよくあることだし!

 嫉妬深くて困るわぁ。ほんっと、こういうやつら大嫌い。イラストは好きだけど、中の人は嫌いだわ。まあ、作品買ってくれっから、アンチファンとして扱ってやらないこともないか!

「この表紙ほんっとやばいよね。複雑骨折してるじゃん。頭の形もおかしいし、手も左右逆じゃない? そういう奇形キャラ?」

「ファンタジー作品だから」

「あー、察し!」

 何が察しだ! 死ね! 死んじまえ! 嫉妬してんじゃねぇよ! 私のほうが絵も上手いんだから、羨ましいんだろ? 面白い話を書いてるから、妬ましいんだろ?

 顔を上げる。再び景壱と目が合った。少し上がった体温が下がっていく。冷えた眼差しが、怒りを抑える。頭が冷えた。

「ククッ、嫉妬深いと困ったものやね」

「ほんと、困る。私の才能に嫉妬し過ぎ!」

 絵は好きだけど、やっぱり作者は嫌いだ。もう本を読む気にもならない。そもそも絵しか見てねぇけど。

 召喚しなくても、既に私の前には神がいる。このほうが、自慢できる!

「まだ知りたい?」

「もう良い。飽きた。それよりさ、それ使って私の作品への感想とか教えてくれない?」

「俺が知らないことは、教えられない。俺はあなたの作品を知らないし、見てもいない」

「webでも読めるから、読んで! そして感想くれ!」

「……そう」

 すぅっと細まった目は憐れみを含んでいるようにも見えた。さっきの嫉妬に狂ったバカ共を憐れむなんて優しい神だ。邪神って書いたの、春雨じゃね? この本だって、色んな本のパクりだろうがよ! 他人のネタ集めて我が物顔すんなっつーの!

 液晶画面を細くて長い指が滑る。景壱の爪は短く切られているけど、マニキュアが塗られていた。青いマニキュアだ。目の色よりは明るくて、髪の色よりは暗い。

「爪が折れやすいから、保護するために塗ってる」

「私の心が読めるの?」

「さすがに心までは読めない。おおかた、考えていることはわかる。あなたは爪を見ていたから、爪に関する疑問があるはずだ。疑問として考えられるものは2つ。爪が短いから楽器をやるのか、マニキュアをしている理由か。あなたは音楽関係には疎そうなので、マニキュアの話題を選んだ。正解やったみたいやね」

「何で私が音楽に疎いって思うの?」

「あなたの部屋には、音楽関係のものが一切無い。CDが1枚くらいあってもおかしくないが、何処にも見当たらない。ここから考えられることは、CDを買うほど好きなアーティストがいない、音楽配信サービスを利用していてCDが必要無い、データで購入するのでCDは無い等々。そして音楽に興味が無いならば、楽器にも疎い可能性がある。だから、楽器の話をふることは極めて無いと言える。なお、俺はギターを弾けるし、ピアノだって弾いてみせることが可能」

 別に知りたくもないことまで長々と話し始めちゃったよ。本当に意味不明だし、わけわかんね。

 けど、神様ってのはそこまで瞬時に判断できるのか。かっこいいじゃん。さすが、私に仕える神なだけあるね。「時間を代価に」って実質タダってことだし、タダで神様を使いたい放題できるの最高じゃん。ネタも提供してくれっし、こりゃ楽だわ。

「それで、あなたの書いた話やけれど……」

「読み終わった? 面白いでしょ?」

「そうやね。今までに読んだことがないような作品やった。俺の知らない世界を知れた。ありがとぉ」

「どういたしまして。けっこう言われるんだよねぇ。今までに読んだことがないような作品って! やっぱさ、オリジナルティがあるっつーの? 嫉妬されちゃうわけだ」

「……ククッ、はは、面白い。なるほど。なるほどな、ははは」

 また急に笑いだして怖い。雑音のような、理解の範疇を超えた笑い声が怖い。乾いているのに、妙に湿っぽいような、変な音だ。

 それにしても、神にまで「面白い」とか「今までに読んだことがないような作品」とか言われちゃうんだから、やっぱり私は小説も上手いんだ。イラストも描けるし、マルチクリエイターとか絵文両刀とか言えちゃうわぁ。

「あなたは知らないようだから、教えてあげよう。有名なグルメレポーターに質問が届いた。それは『宣伝を依頼された店の料理がまずかった時、どうコメントをしますか』といった内容だった。彼はこう答えたという。『今まで食べたことのない味だ』と」

「はぁ?」

「一見褒め言葉のように感じられるが、これは悪いことを隠す言葉としても使える。俺の先程の感想を要約すると『あなたの作品はつまらない』になる。これで、わかった?」

「わ、わからない!」

「わからない? まだ脳の処理速度を合わせる必要があるか。それとも言葉の言い換えが必要か。何がわからないか教えてくれ。改善してもう一度説明しよう」

「私の作品は面白い! みんなそう言うもの!」

「そうか。理解はできていたらしい。それなら、この作品は俺の好みではなかっただけ。人間なら『面白い』と言うかもしれない。しかしながら、お世辞やよいしょの可能性も高いということを努々ゆめゆめお忘れなきよう」

 やっぱり神だから、感性ズレてんだよね。こういうのは人間の感想のが良いわ。

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