第6話

 ピロンッ、軽快な音がスマホから聞こえた。春雨さんからいいねとシェアの通知だ。それから記事を引用して「早速お読みいただきありがとうございます!嬉しいです!」と書かれていた。

 え? これだけ? 私があんなに長い文で褒めてやったってのに、これだけ? もっと感謝しろよ。

「返信来た?」

「感謝だけだった。もっと私に言うことあるはずなのに」

「……ははっ、あなたに言いたいことは、あなた不在で開催中のアフターで言ってるんやないかな。俺の言ったとおりに『ありがとうございます』しか言われなかったけれど」

「見えないとこで言われてもさぁ。見えるところできちんと感謝してほしい」

「感謝な……。見せてあげようか。聞かせてあげようか。真実を」

 ぶわっ……と空気が凍てつく感覚がした。ひどく寒い。部屋の温度が一気に氷点下にまで下がったような感覚だ。

 それはおそらく無音での詠唱だと思う。私には到底理解できず、聴こえない音で、景壱は何かを呟き、そして一瞬にして、物体を招致アポートさせていた。

 彼が手にしたものは、誰がどう見ても「タブレット端末」と言うものだ。

「真実を知るには、それなりに代価が必要となる。あなたにとって、真実が悪いものになるか良いものになるかはわからない。だが、あなたには知る権利がある。知りたいと言うならば、俺は教えよう」

「代価ってのは時間でしょ? それなら教えて」

 タブレット端末なんて招致して、何すんだか?

 しかも、真実って何? 私に何を見せるつもり?

 景壱は笑った。今までに見たことのないぐらい美しい笑顔だ。美しすぎて、怖い。

 目の前にいるのは神だと改めて理解する。

 美しさの方向性が、人形と同じだから、全く生気を感じられない。冷ややかで、恐ろしさだけを感じる。雛人形に見られているように感じて怖いという感覚に似ている。

 次はホラーでも書いてみるか。うちのフォロワーに、そういうものを好きな人もいたはずだ。本当にあった怖い話ってのはテッパンだし、良いんじゃね?

 彼は目を閉じて、タブレット端末の薄い液晶画面を指でなぞる。私には理解できない言語を呟いていた。

 こういうのは小説に活かせる! 主人公にやらせてみたい!

 薄い液晶画面に、光があふれる。

 映し出されたものは、春雨さんだ。それなら、一緒にいる地雷系ファッションの女が、猫乃ってやつか。地雷系とかアイタタって感じする。けっこう年食ってんのに、ゴスロリとか地雷系とかイタいっての! 私のように可愛い帽子ぐらいにしとけって!

「もう一度確認するけれど、真実を知りたい?」

「私に感謝してるんでしょ? 知りたいに決まってる。陰で応援しないで、見えてるところで言ってほしいなぁ」

「ククッ、わかった。それなら、教えてあげる」

 景壱の口が端を縫われたぬいぐるみのように、今、一瞬だけ、ちがうように、見えた。

 音が聞こえる。2人はファミレスにいるようだ。

「ねぇ、お月様から早速本読んだって感想きたんだけどー!」

「へぇ! はやいね! 春雨さんめちゃくちゃ懐かれてんじゃん! で、で、何て?」

「『私が既に知っている召喚法ばかり──』って書いてる! シェアしたから、読んで読んで!」

「はいはい。ひー! やっばー! やばやば! はい出ましたウエメセ! 何様って感じ!」

「さっすがお月様って感じ! クソワロタ!」

 何これ……? は? 何言ってんのこいつら?

 液晶画面から視線を上げる。景壱はこちらをじっ……と見ていた。

 吸い込まれそうなほどに美しくて、透明度の高い瞳だ。星が煌めくように、輝いて見えた。ひどく恐ろしいというのに、懐かしい気持ちにもさせる。そして、怒りが、引いていった。

「可哀想に。2人はあなたの才能に嫉妬してるんやね」

「そ、そうだよね! 私の才能に嫉妬し過ぎ! 2人して、何言ってんだって感じ!」

「……これが真実。まだ知りたい?」

「私の悪口しか言ってないアフターなんて見ても時間の無駄」

「懸命な判断やね。俺としては……知るほうが楽しいと思うけれど。ほら、あなたの本を春雨サラダが取り出した」

「やっぱり知りたい!」

 私の才能に嫉妬してるなら、私への称賛の声しか出ないはずだ。新刊のファンタジー短編小説の感想をリアルタイムで得られるチャンス!

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