第4話
振り向いた鏡の前には、夏の突き抜けるような青空を切って貼り付けたかのような髪に、ラピスラズリのような色の瞳の人がいた。いつの間に背後に? いや、今、呼んだのはって? いやいや、不法侵入!
「誰ですか!? 不法侵入ですよ!」
「不法侵入? 俺はあなたに招かれて来たってのに失礼やね。ま……良いか。見たところ、たまたま術式が成功したらしい」
私よりも背が高いその人は私の手から古ぼけた紙を取る。召喚が成功してるってこと?
ようやく事態の重大さに気付いた。全身の毛穴という毛穴から汗が出る。邪神って書いてたよな……? ということは、この、目の前で紙を眺めているのは、邪神……? 関西弁だったけど?
「フム。この術式がまだ出回っていたことを知らなかった。知らないことを知れて俺は嬉しい。さて、あなたが俺を呼んだ。呼んだならば、何か願いがあるんやろ?」
言えない。ノリで試したら成功したなんて絶対に言えない。
だけど、邪神ってことは、崇拝すれば私に何か恩恵を与えてくれるのでは? だいたいのファンタジーの神様がそうじゃん。
「願いって、何でも叶えてくれるんで……?」
「叶えるとは言ってない」
何だこいつ。叶えてくれないのか。
名前も姿も本で見たことがないマイナーな邪神に、何願っても叶えらんないかな。そもそも、名前知らないんだよな。
「名前教えてもらえます?」
「ああ、自己紹介が必要? 俺は、
「ど、どうして私の名前を」
「俺は知らないことを知ることが好きでね、あなたのことを俺は知らない。だから、知った。それだけ」
何言ってるかまったくわかんね。
邪神にしては……怖さが全く無い。見た目は、お人形のようだ。正気度チェックとか無いじゃん。
「ちなみに、あなたが不思議に思ってるこの喋り方やけれど、方言を使えば親しみやすくなるからという理由で使ってる。イントネーションが一部異なる可能性もあるけれど、それらは反復学習すれば再現も可能になる。さて、俺のことよりも、あなたのことを聞かせて。あなたは何を望む?」
「例えば、私を有名にすることはできる?」
「叶えるとは言ってないけれど、できる。簡単にな」
「簡単にできるなら叶えてよ」
「代価も支払わずに願いを叶えてもらおうとするとはな……。あなただって無料でイラスト描いてください言われたら嫌やろ?」
「嫌。何で私が無料でイラスト描かなきゃいけないんだ。金払えよ」
「今、あなたが俺に言ったことは、それと同義」
景壱と目が合う。透明度の高い紺碧の瞳は、心を何処までも見透かされそうだった。悪寒が背中を走る。瞳の奥底、眼底に、何か得体の知れないものを見たような気がする。怖い。冷や汗と体の震えが止まらなくなった。
表面上はすごく穏やかだけれど、中に何かがいる。荊のような鋭い棘を持つような、烈しい何かが、秘められている。
思いついた言葉が頭の中をぐるぐる回って、私はスマホを手にし、今の感情を投稿した。
すぐにいいねがつき、シェアもされた。「私こういう文章好きです!」と感想まで届いた。
何、これ……? 私が頑張って資料集めて、今まで書いた文章より、パッと出した言葉のほうが感想が来るってふざけんな!
「へえ。今日、イベントやったんやね。知らないことをまた知れた」
「……あんたって、ずっといんの?」
「言葉使いには気をつけたほうが良い。ま……変に形式張るよりも話しやすいほうが良いか。俺はあなたに招かれて来た。帰れと言うならもう帰ろう。ただ、俺はこの紙に書かれた恩恵を与えられる者ではある」
先ほどの召喚術の紙を差し出される。
智慧を与えてくれるらしい。知恵ではなく、智慧。なんかの資料で見たことがある単語だ。意味は確か、物事をありのままに把握し、真理を見極める認識力だったかな。
他には知識。これは神様あるあるか。どれも小説を書くなら便利な力だと思う。
「私が智慧や知識を欲したら、代価は何?」
「代価は時間」
「時間?」
「そう。金銭や物品は俺には必要無い。人間の持つ価値あるものは俺には不要。だから、時間だけを頂く。時間に付随する俺の知らないことを知られれば、それで良い」
「つまり、魂を奪うような?」
「人間の魂を貰ったところで何に使う? シーリングライトにでもすると言うのか? 時間というのは、今も消費している。笑うも1秒、泣くも1秒。ありとあらゆることに時間は使われる。俺があなたと話す行為にも使われるし、あなたが俺と話す行為にも使われる。つまり、長い目で見ると寿命が減っていると言えるけれど、あなたが今すぐ失うものは無い。いや、時間は失っていくけど。いいや、これを話していれば──……」
ひとりでブツブツ何か言ってる。
つまり、私は何も失わずに、邪神から智慧と知識を与えられるということだ。ラッキー! 今日のイベントであった腹立つこと全てチャラになるくらいじゃん!
「わかった! それなら、これからよろしく!」
「……よろしく。俺の姿は、見える人には見えるが見えない人には見えない。それだけ覚えておいて。それと──これ、読ませてな」
景壱は春雨さんの新刊を手に取って微笑んだ。
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