第3話

 11時の開場から、既に時刻は14時。

 うちのサークルの売り上げはゼロ。全く在庫が動かない。バカにされて、いらない差し入れされたぐらい。

 気分転換に会場回ってこようかな。次の作品に活かせそうな資料を頒布してるサークルもありそうだし。

 イベントスタッフに売り子を頼んで、会場を回る。

 一応フォロワーに挨拶しに行くか。名刺は持ってきたし、いらない菓子も包みなおしたし、渡してきた相手に見つからないように渡せばバッチリでしょ。

 まずは私と同じ絵文両刀で活動している沙夜さよさんのサークル。

 人がちょうどはけたから、新刊を手に取って「これください」と伝え、代金を支払うついでに差し入れと名刺を渡した。

 沙夜さんは「あ、ありがとうございます」と言って驚いた様子だった。

 次、共通フォロワーでもない鮫島さんって人のブースを見に行く。私のフォロワーは席にいなかった。買い出し中か。何頒布してるのかと思いきや、ホラー系、グロ系だ。無理。グロは無理。生理的に無理! 遠目に見て終了。

 他にもフォロワーがいるから、順に回っていく。お菓子だけ渡して次に行く。私より劣ってる人の本は必要無い。読む気しないんだから、買うだけ無駄。

「月宮さーん!」

 私を呼ぶ声がしたから立ち止まる。手を振っているゴスロリの女性がいた。誰だ?

「いつもお世話になってます! 春雨はるさめサラダです! 良かったぁ、合ってたぁ。人違いしてなくて良かった!」

「初対面ですよね? どうしてわかったんですか?」

「設営完了の投稿にブレスレットと服が写ってたので! お会いできて嬉しいです!」

 春雨さんはけっこうリプライのやり取りもするし、作品の感想もくれる人だ。出店していることは知っていたけれど、ここだったのか。

 ダークファンタジー作品を多く書いてる人で、イラストも自分で描いているから、私と似たようなもの。新刊は『たのしい召喚術』らしい。表紙イラストが私好みだ。値段もそれほど高くない。

「これ、ください」

「ありがとうございます! 300円です!」

「はい」

「300円ちょうど頂きます。無配と名刺も持ってってくださいねぇ」

 透明な袋に包まれた本を受け取る。裏返すとペーパーが封入されていた。大手書店で見かけるサンクスペーパーと同じ雰囲気だ。私も真似したい。

 無配と名刺を貰って、本と一緒にエコバッグにしまった。

「今日、人が途切れずに来てくれるからなかなかブースを離れられなくて! 後で隙を見て月宮さんのブース行きますね」

「待ってます」

 人が途切れずに来てくれるからって何? マウントかよ! クソが!

 でも、表紙イラストが好きだからどうでもいい。中の人さえ見なきゃ作品に罪は無い。

 自ブースに戻る。スタッフさん曰く、売り上げはゼロ。在庫は動いていない。

 完売間近の本もあるから、これだけでも売れてほしい。帰りの荷物を軽くしたい。

「見本誌読んで良いですか?」

「は、はい。どうぞ」

 右隣のサークルの人だ。今から色々買いに出るんだと思う。イベントスタッフが売り子をしていた。

「これと、これください」

「ありがとうございます! 2,000円です」

「はーい!」

 お金を受け取る。本日初めて売れた! そして、完売した! やっと邪魔な在庫が動いた!

 すぐに完売しましたと投稿をしておいた。新刊が全く動いてないのは何でだ? ジャンルが合ってないのか?

 それから全くうちのブースには人が立ち寄らないまま閉会の時間が近付いてくる。

 「あのぐらいの絵なら私も描けるから、描いてみようかな」と言っているのが聞こえた。聞こえるように言うなし。左隣のサークルの人が可哀想だろ。

 そろそろ撤収準備するか。

「遅くなってすみません! 新刊まだありますか?」

「ありますよ。800円です」

「ありがとうございます! 買えて良かったぁ!」

 春雨さんが買いにきてくれた。やっと新刊が売れた。

 私が何か話そうと思った瞬間には、春雨さんの姿は無かった。左隣のブースでも購入していた。ちょうど完売したようで、喜んでいる姿が見えた。

 右隣のサークルも完売御礼の札が何冊かかけられていた。

 撤収準備を進める。宅配便の受付をして、両隣に挨拶をして、さっさと家に帰った。

 とりあえず、春雨さんの本のお迎え報告だけしておくか。

 透明な袋を破いて、本を取り出す。はらり、と薄茶色の紙が落ちた。ペーパーでもない。何だ?

「やってはいけない召喚術……。禁忌に触れる? 邪神の召喚? 知識の恵み? 何これ?」

 付録とかそういうの? 本を開いてみるけど、フォントからして違う。紙も古い気がする。

 何故だかわからないけれど、胸が熱くなった。

 試したい。このやってはいけない召喚術、試してみたい。なんだろう、禁忌に触れるってあたりで、引き寄せられているのかも。どうせ何にも起こらないだろうし、やってみたことがネタになるし、春雨さんの好感度も上がってうちの作品買ってくれそうじゃん。

 用意するものは、ラピスラズリの粉末、雨水、鏡。

 ラピスラズリの粉末と鏡は用意できるけど、雨水は──……。

 窓を開く。雨が降ってきた。ナイスタイミング!

 私はすぐに水彩画で使う筆洗いに雨水を溜める。どれだけ必要かわからないけど、土砂降りだから大量に取れた。

 鏡の前に図形を描いた紙を置く。これ真似して描いたら良いんだよね? 傘の形? 雨? 星? こんな感じかな。魔法陣っぽい。

 図形の中央に雨水を入れた容器を落ち、ラピスラズリの粉末を3g入れた後、容器を右に2回、左に3回回す。その後、術者は右に3回、左に2回半回り、鏡を背にした状態で、呪文を唱える。

「雨よ、雨。恵みの雨よ。我が声が届いたならば、我が招きと共に、智慧を降らせたまえ!」

 我ながらかっこよく唱えられたと思う。

 動画でも撮ってたら面白かったかなぁ……。この後は、右周りで鏡を見──……。

「俺を呼んだのはあなた?」

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