1階から3階へ
ミスミと天音は足音を殺して階段を上がった。硬直した人混みの中で、そこだけがわずかに手薄だった。一階から二階、三階まで上がったところでようやく、天音が口を開いた。
「1、どうして、
2、どうやって、
3、どうするつもり?」
「言っていることは分かります」
ミスミは周囲を見てから足を緩めた。
「1、あなたと周りと俺自身を保護するためです。俺が死ぬのも、俺が死なないことでリンチに加担するのも嫌で、助けました。
2、方法は電光標示とか、その輪っかと同じです。機略の投影装置を拝借して、薄い壁とギリギリ視認できる空間をそれぞれの目に投影しました。本当にただの目くらましですけど、まず走るとかはできないでしょうし、光線の方向もほとんど見えないはずです。結構大丈夫だと思います。
3、ここから迂回して、同じ手で校門の待ち伏せを抜けることを提案をします。どうですか」
天音は首を傾げた。
「2’、そんなこと咄嗟にできる?」
「無理ですね。機略のシステムに事前に仕掛けていたものを起動しました」
「2''、でも犯人じゃないの?」
「違います」
「3’、そんなに優しくて、どうして友だちがいないの?」
「……ゼロじゃないですよ」
「なるほどー。提案は却下します」
そう言って立ち止まり、天音は残ったハンマーで空中を薙いだ。ミスミが足を止めて振り向いたのは更に数歩進んでからだった。
「さっきは本当にありがとう。もうダメかと思って、さすがに足が竦んじゃった。でもね、誤解してるよ。私が罰を受けるのは当然なんだから、ただ逃げるなんて出来ないの。それなら下に戻る方がマシ。言ったよね。みんなを喜ばせるためには、犯人を連れて行かないと」
「あんたのその思考回路が、周りの人間をおかしく──」
「うん」
天音はハンマーを降ろした。
「大丈夫。学校中探せばもう一人くらい、ちょうどいい人はいると思うし」
ミスミは首を横に振った。
「1の回答は嘘です。いや嘘というか、もっと大きな理由を隠しました。俺は、あの時、若葉さんがあんな連中に負けるのは嫌だと思ったんです」
いつからかその頭上には線が浮かんでいる。ミスミから出て自分の輪に合流する光線を、天音は指差してなぞった。
「チョロすぎて心配になるよ」
「この感情は恐怖と言います。俺はあなたに怯えている」
「なら、止めないでね。さっきの壁のやつもダメ。ここで出したら私、飛び降りるから」
「どういう脅しですか」
「でもイヤでしょう?」
「アマネ!」
校舎のどこかで誰かが叫んだ。吹き抜けの円形に何度も反射した音は出どころの方向も階層も曖昧で、一人の声なのか、複数人の声が同時多発したのかすら判別がつかない。
その声と同時にミスミは一歩踏み出した。ハンマーの間合いに入る。天音は躊躇なく腕を振り、そして前に転びかけた。ミスミ──の投影の頬を捉えたハンマーは、何の抵抗もなくただ通り過ぎ、彼女の体を振り回そうとしていた。
ミスミの本体はその空いた右脇に、真横から衝突した。腰を抱えて壁側に押し込む。その先に開いた引き戸があった。
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