2 硬質な音階
ごおん、ごおんと、遠くで鐘が鳴っている。
途中までその回数を気にしていた私は、ふと覗いた路地の奥に鳥居を見つけて、数えるのをやめた。
新年を迎える夜らしく、ぼんやり灯っている参道は決して排他的な雰囲気ではない。けれどもどこかひっそりとした佇まいに自分と似たものを感じ、私は行く予定にしていた神社とは違うけれどいいやと、進行方向をそちらへ向ける。
屋台も出ていないような小さな神社で、だけど、深夜の初詣にはすでに行列ができていた。その人いきれがそわりと膨らんで、あと数秒で年が明けるのだと知る。
立ち上る白い息に入り混じるカウントダウンの声。私はそれに合わせてまた心の中で数を数える。五、四、三……。
ぱかりとひらけるように清らかな空気が流れ込んできて、行列が動いた。
――明けまして、おめでとう。
――今年もよろしくね。
行き交う言葉たちがひゅうひゅう私の前を通り過ぎていく。大丈夫、もうずいぶんと古びてしまったけれど、私の箱の中にだってその温かな言葉は入っているのだ。
しかし鍵をかけたばかりの箱は建て付けが悪く、すきま風はひどく冷たい。
私を温めていたはずの言葉はいつしか棘だらけで乾燥した落ち葉のようになってしまった。また風が吹いたなら、きっと、ぼろぼろに崩れ去ってしまうだろう。
からんからんと鈴が鳴る。
礼も、拍手も、無心で行う。列の先頭を次の人へ譲り、人の流れに逆らわず授与所へ向かう。
「二回で」
「……えっと?」
おみくじを売っている巫女に言葉通り二回分のお金を渡すと、不思議そうに首を傾げられてしまった。それもそうだろう。私はひとりだ。
「あの、来られない家族の分も引きたくて」
この初嘘が恒例になってから、どのくらい経っただろうか。とにかく、毎年そうしているように付け加えれば、巫女は納得したようにおみくじの入った箱を示してくれた。
もう、なんの欲もない。
だからこうしておみくじを引く私は、新しい一年に期待をしていた当時の自分の残像のようなもの。
せーので折りたたまれた紙を開いて、見せあって。
なにが書かれているのか、今年はどんな予定があってどんなふうに過ごすのか、思いを巡らすのが楽しかった。
けれど、今はもう。
丸い入り口の開いた箱に手を入れる。指先で軽くかき混ぜながら「これだ」と思う紙を掴む私の無心は、なんと滑稽なのだろう。
かさりかさりと二枚のおみくじを開く。
……ああ、それはまったくの正反対で、両極端で。けれど、相殺されるものではないと知っている。
鳴らした音は戻ってこない。
私の歪な箱の中では、告げてしまった「さようなら」がいつまでも空虚を抱きしめていて、きっと、いいことも悪いことも入ってこない。
慈しむべき日々を見つけられないまま。
また、一年が始まる。
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