第2話 プールサイド
それからは桃園からの接触はほぼなく、期末試験の時期に。今回も国語は学年トップだったから、また記録更新ね。それより桃園は今回総合一位じゃないんだ。珍しいこともあるものね。教室で見かける桃園は元気がなさそうにも見えたけど、いつも通り周りに人が集まってるし悩みも人それぞれってことかな?
それより今日から学校のプールが使えるんだけど、私にとってはそっちの方が重要だわ。水泳部には入ってないけど泳ぐのは好き。毎年恒例だから、水泳部部長の葵とも仲がいいし。
「麗文! 今日からプール使えるけど、あんたも来るんでしょ?」
「もちろん! 後で行くから」
「オッケー」
こんな感じで半部員状態なので、時々下級生のフォームを見たりプールの清掃を手伝ったりはしている。今年の一年生を紹介してもらって少しフォームを見てあげたり、ゆっくり体を慣らすように泳いだりしてプールを満喫。こうやって楽しめるのも今年で最後かと思うとちょっと残念だなあ。
「ねえ、麗文。あれ、生徒会長じゃない?」
「ん? ああ、ホントだね。桃園、何やってるんだろう」
言われた方を見ると、フェンス越しに桃園がこっちを見ている。ちょっと遠かったけど私と目が合うと例の驚いた顔をして、そそくさとその場を去ってしまう……そして、そんなことが数日続いた。
今日は三者面談の日。放課後に母さんが来てくれて、担任と三人で進路の話をする。私の希望進路はだいぶ前から決まってるから、特に悩む必要もないわ。
「橙木は……県立大志望なのか? お前の成績なら国立大でも大丈夫だと思うぞ」
「県立大に行きたい学部があるので」
「お母さんはそれでよろしいですか?」
「もちろん! 進路はこの子に任せてますので、問題ありませんわ」
父さんと母さんはいつもそう言ってくれる。両親が私に求めることは『後悔しないこと』だから、心置きなく好きなことに時間を費やせるのは本当に有り難いことだと思う。
「じゃあ、この紙に志望校書いて。後で生徒会に提出しておくから」
「生徒会に?」
「卒業生名簿作ったり、どの大学に入ったかを纏めたりするのは毎年生徒会にお願いしてるからね。志望の段階から生徒会に管理してもらってるんだよ」
「へぇ」
見られて困るものでもないし、まあいいけど。そんなことを思いながら記入して担任に手渡す。比較的あっさり三者面談が終了したので母さんを玄関まで送っていった。
「私、プールで泳いで帰るから」
「そう? あまり遅くならない様にね」
「うん。今日は有難う、母さん」
「フフフ、麗文は手の掛からない子だから、助かってるのはこっちよ」
母さんは笑いなが私の頭を撫でて帰っていった。誰かに見られたらどうするのよ!……とは思うけど、母さんに頭を撫でてもらうのは嫌いじゃない。
少し遅くなったけど着替えてプールへ。今日もいい天気ね! 日差しは少し強いけど、以前住んでいた都会ほど暑くはない。ちょっと田舎だから騒音も聞こえないし、何より空気がキレイ。この季節は泳いでいて本当に気持ちいいわ。軽く二百メートルほど泳いでから一年生のサポート。皆ニコニコしてるけど、上級生に教えて貰うのってそんなに嬉しいものなの?
「有難うございました、橙木先輩!」
「あ、うん。頑張ってね」
元気よく礼を言って泳ぎ出した一年生。楽しそうで何よりだわ。
「人気者ね、麗文」
「人気者? 私が?」
「あんた知らないの? 下級生の間でスゴイ人気者なのよ。フォームもキレイだし教えるのも上手いし、何より美人だって」
「冗談やめてよね! 私が美人なわけないでしょ」
美人はともかく、下級生に気に入られるのは悪くないわね。それだけ彼女たちの役に立ってるってことだし。
葵としばらく話していると、プールサイドをスタスタと歩いてくる人影……桃園だ。今日はフェンス越しじゃないんだ、そう思っているとそのまま近寄ってきてベンチに座っていた私たちの前に仁王立ち。
「橙木さん! あなた県立大学を志望してるんですか!?」
「そうだけど」
さっき書いた紙、もう先生から受け取ったんだ。いちいち確認しにくることでもないと思うんだけど。
「あなたなら国立でも十分狙えるでしょ!?」
「そうね。でも、家からは中途半端に遠いから」
またあの顔。普段はすごく落ち着いた感じなのに、実はコミカルな子なのでは? とさえ思える。
「そんな理由……」
「それに県立大に行きたいのはちゃんと理由があるのよね」
県立大は私の大好きな作家先生が卒業した大学。彼の文章がお気に入りで、学部は違うけど同じ学校の同じ景色を見たり感じたりしたいと言うのが志望理由。
「偏差値で考えたら国立大の方が上だけど、自分にとっていいかどうかは別だよね。桃園は何かやりたいことがあるから国立大に行くんじゃないの?」
「私は……」
少し暗い顔をして黙ってしまった。あれ? 聞いちゃダメだった?
「それにあんた理系でしょ? 私は文系志望だから、偏差値的には国立でも県立でもそんなに変わらないかな。だったら行きたい方に行くのが正解だと思わない?」
「もういいです!!」
何故か怒った風の彼女は、来た時と同様にスタスタと早足で帰っていった。一体何しに来たんだか。
「何だったの、桃園さん」
「さあ? あの子、ちょっと謎な行動多いよね」
桃園を目で追っていると向こうの方で男子部員とぶつかりそうになって、遠ざかっていく男子生徒の背中に向かって何か叫んでいる。もっとスタイリッシュでお嬢様っぽい感じの子かと思っていたけど、知れば知るほど変な子ね。その内振り返って歩き出したけど、プールサイドに置いてあったビート板に足を取られて体勢を崩し、プールに落ちてしまった!
「ちょっと、桃園さん落ちたわよ!?」
「まったく、何やってんの」
プールサイド近くだし自分で上がってくるだろうと思っていたら、バシャバシャと水を掻くばかり。私はと言うと、声を出す前にプールに飛び込んでた。
「麗文!? ……って、速!!」
いつも本気では泳がないけど、五十メートルなら二十五、六秒。こういう状況だから、ひょっとするともっと速かったかも……とにかく彼女の元へと泳いで、水中から引っ張り上げる。桃園、あんたカナヅチなの!?
「桃園! 桃園!!」
頬を軽く叩いても反応がない。脈も呼吸もない!? 彼女の状態を確認していると先生や葵たちも駆け寄ってきて、私たちの周りに人だかりができる。
「先生、AEDはありますか!?」
「すまん、ここにはない。校舎の方に戻らないと……」
「間に合わないわね……あなた、とにかく校舎に行ってAEDを取ってきて! あなたは部室から毛布持ってきて、体が冷えるとマズイから。葵は119番に連絡して。先生、心臓マッサージはできますよね!?」
「あ、ああ」
「じゃあ、よろしく」
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