冷たいレモンにくちづけを

たおたお

第1話 国語の成績と生徒会長

 三年生になって一ヶ月あまり。中間テストも終わって各教科の結果が返される。


「橙木 麗文(とうのき れもん)! 今回も国語総合はお前が学年トップだ。また記録更新だな」

「やった!」


 高校に入ってからずっと、国語の科目は一位を譲ったことがない。これは活字中毒な私自身の証明みたいなもの。その他の教科は正直どうでもいいけど、受験に必要なものはそれなりの点を取っているしね。


「凄いじゃん、麗文! 今回も国語は全部トップだね!」

「フフン! 『麗文』の名前にかけて、国語は落とせないからね」


 席が近い女友達とそんな話をしていると、少し遠くから視線を感じた。女子数人がこちらをじっと見ている。その中でも特に目立っているのが桃園。学年トップの才女で美人。ハーフアップにした髪に大きなリボン……マドンナ的存在で生徒会長までやっている。一方私は友達も少なめ。ミディアムぐらいの髪を後ろで束ねてるし性格もサバサバしてるせいか、あまり人も寄ってこない。


 中学では水泳をやっていて、県大会で優勝するぐらいには打ち込んでた。ただ高校生になるタイミングで父の転勤が決まり、水泳部には入らなかった。と、言うのも部活を引退した後、自分でもビックリするぐらい読書にハマってしまったから。それからは『麗文』って名にますます愛着を感じる様になったかな。麗しい文章に出会うことこそ、まさに今の私の目的なんだから!



 その日は一日中、桃園たちの視線を感じながらも授業を終えた。目を着けられたのなら厄介ね……うんざりしながら帰る準備をして教室を出ようとすると、女子数人に行く手を阻まれてしまう。


「橙木さん。少しお話ししたいのだけれど、お時間頂けます?」


 薄っすら笑いながら丁寧な言葉遣いの桃園。残りは私をジロジロ見ていた取り巻きの女子たち。親衛隊か何か?


「ごめん、これから行く所があるからムリ」

「なっ……!?」


 断ると桃園はすごく驚いた顔をした。何この子、ちょっと面白いわね。驚きたいのはこっちなんだけど。


「じゃあ、急いでるから」


 そう言って彼女たちの脇をすり抜けようとすると、取り巻きの一人に腕を掴まれるが、反射的に相手の手首をキメて投げてしまった。相手の子の体がキレイに回転して、キョトンとした顔で床に転がっていた。


「???」

「ああ、ゴメン。合気道やってるから反射的に……」


 ザワザワし出した教室の中で、桃園は更にビックリ顔。他の取り巻きの子たちも驚いて後退っている。ちょっとやっちまった感はあったけど、これで邪魔されずに帰れそうね。今日は楽しみにしていた、大好きな小説の発売日。紙の本をずっと買っているシリーズだから、本屋に寄って家でじっくり読むと決めていたのよ。


 昨日買った本は予想通りの面白さで、じっくり文章を楽しんだ。こういう本に巡り合った後は気分がいいんだけど、今日はまた昼休みの貴重な時間を邪魔されてしまった。スマホで電子書籍を読みふけっていると、顔見知りの男子が寄ってくる。


「なあ橙木、ちょっといい?」


 話しかけてきたのは樋口。一年生の時からずっと一緒のクラスで、割とイケメン。まあ私のタイプではないけど、時々喋る程度には親しいかな。


「どうしたの、樋口? あんた、私が昼休みは読書したいの知ってるでしょ?」

「わりぃ、生徒会長に頼まれたから断れなくてさ……お前の国語の点数がいい理由を知りたいんだとさ」


 また桃園か。そんなに国語の点数で負けてるのが悔しいの? 知りたいなら直接聞きにくればいいものを……ああ、昨日の帰り際ってそれが聞きたかったの?


「私、読書が好きなだけなんだけど」

「そう言ったんだけど、納得してくれないんだよ。ほら、生徒会長とお前、今まで一緒のクラスになったことないだろ?」

「まあ、そうだけど……」


 面倒くさい話ね。もう直接話したいところだけど、本人は教室にいない。


「桃園、どこにいるの?」

「ああ、生徒会室にいるけど……お前、まさか!?」

「もう面倒だから直接話してくる。心配しなくても投げ飛ばしたりしないから」


 生徒会室は一階の職員室の隣。殆ど……いえ、一回も入ったことがない、私には縁遠い場所。そもそも生徒会って何やってるんだろう? 廊下から窓越しに中を覗くと、昼休みだと言うのに結構人がいる。


「邪魔するわよ」

「と、橙木さん!?」


 中に入ると桃園はまた驚いた顔。その顔は可愛くてちょっと好きだけど、今は関係ないわね。窓際の会長席に座ったビックリ顔の桃園の前に歩み寄る。


「な、何かご用かしら?」

「桃園が国語の点数の秘密を知りたがってるって、樋口に聞いたから」

「……」


 今度はちょっと気まずそうな顔。まさか私が直接くるとは思ってなかったのだろう。私の点数の秘密なんて簡単なことだから、これを見れば一発で分かるでしょう。


「スマホ?」

「そう、スマホ。ほら」


 電子書籍のアプリを開いて手渡すと、スワイプして本の量を確認する桃園。


「こんなに沢山!?」

「それが秘密。私、活字中毒なのよね。片っ端から本でも漫画でも雑誌でも読むから、無駄に知識が豊富なだけ」


 じっとこっち見てるけど、まだ納得いかない? もうこれ以上言うこともないけど……


「他の教科も成績が良いじゃないですか?」

「受験に必要な教科はちゃんと勉強してるわよ、別に好きでもないけど。あんたの方が凄いじゃん、いつも学年トップだし。国語だって私と大差ないでしょ?」


 おまけに生徒会長だし、マドンナだし。この上国語までトップの座が欲しいなんて、完璧主義者なの!? 負けたら負けたで、私は別に気にしないけどね。


「これで分かった? じゃあ、私戻るから」


 帰ろうとするけど、桃園がスマホを放してくれない。まだ何か?


「橙木さんはその……もっと上を目指したり、目立ったりしたくないのですか?」

「別に。今の成績でも大学には行けそうだし、私はあんたほど美人でも器量良しでもないから。ゆっくり読書できればそれでいいかな」

「そうですか……」


 半ば強引に桃園からスマホを奪い取って生徒会室を出る。どこか残念そうな顔をしていたけど、なぜ? いつもトップでつまらないからライバルが欲しかったとか? 私よりも成績がいい生徒は結構いるんだから、そういう人にお願いして欲しいものだわ。

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