第3話 キス
桃園が目を覚ましたのはそれから数時間後。夏場だから外はまだ薄っすら明るく、開けた窓から心地よい夜風が入ってくる。
「うーん……ここは……」
「目が覚めた? 先生を呼んでくるからちょっと待ってて」
担当医を呼びにいくと直ぐに来てくれて色々とチェックしてもらった結果、どうやら後遺症などの問題はないらしい。処置が早かったのが功を奏したみたいで、担当医にも褒められた。
「あの、私どうして……」
「あんたプールに落ちて溺れたのよ。覚えてない?」
「確か、ビート板に足を取られて落ちた様な……橙木さんはどうしてここに?」
「私と先生で蘇生したから付き添いで。あんたのお父さんは出張中で来られないらしいから、目が覚めるまで一緒にいようと思って」
「そうでしたか……有難うございます」
すまなさそうな顔をしながら半身を起こし、自分が検査服を来ていることに気が付いた桃園。
「私の制服は……」
「濡れてたからコインランドリーで乾かしてきたよ。はい、これ」
紙袋を受け取ると恥ずかしそうな顔。ブラとかパンティーとか見ちゃったからね。と、言うか着替えは私も手伝ったから裸も見ちゃったけど、それは内緒にしておこう。
「じゃあ私、そろそろ帰るから」
「あ! 待って!」
立ち上がろうとすると、先に手を握られてしまった。何? 寂しいの?
「もう少しあなたとお話ししたいのですけれど……」
「私と? また受験の話?」
私の問に勢い良く首を横に振る。他に何か話すことなんてあったかな?
「橙木さん、眼鏡は?」
「ああ、急いでたから学校に置いてきちゃった。あれ、ブルーライトカット用で度は入ってないから」
そう言うとまた驚いた顔をしていたが、直ぐにモジモジしだす桃園。
「その……眼鏡を掛けてない橙木さんも素敵です」
ん? 素敵? 何が? キョトンとしてる私に対して、彼女は更に続ける。
「三年生になってあなたと同じクラスになってから、あなたのことが気になってしまって……私の周りにいる人達とは全然違う雰囲気で、すごく近寄りがたい美人と言うか、凛としていると言うか……」
「あんたでも、そんな冗談言うんだ」
「冗談じゃないです! 橙木さんは自覚してないのでしょうけど、あなたは学内でも有名なんですよ」
そうなの? 三年間、全然気が付かなかったけど。
「今まで一緒のクラスにならなかったから『国語の成績がやたらいい人』と言う認識だったけど、一緒のクラスになったらあなたにばかり目が行って……接点を探して国語の点数のことを聞こうと思ったんだけど、接し方もよく分からなくて逆に怒らせてしまって……もう私どうしたらいいか分からなくなって、勉強も手につかなくなっちゃうし」
彼女は想いが溢れたかの様に泣き出したが、そんなことを考えていたなんて全然知らなかった! なんか色々衝撃的だ……美人と言われたのもそうだし、そこまで桃園に好かれていたのも。でもこういう時はどう対処すればいいんだか。面倒だからって帰っちゃう訳にもいかないし。
「それで、なんで今日は進路のことを聞きに来たわけ?」
「橙木さんなら当然国立を目指すと思ってたから……同じ大学なら仲良くなる機会もあると……思ってたんだけど……グスッ」
嗚咽しながらも喋る彼女の顔はもう涙でぐちゃぐちゃで、美人が台無し。見かねて持っていたタオルを渡すと、タオルに顔を埋める様にして泣き出す。それにしても面白いわね、学校ではもっとこう『生徒会長』然とした立ち振舞なのに、二人きりだとすごく感情を表に出す。
「橙木さん? ……どうして笑ってるの?」
「ああ、ゴメン。あんた面白いね。普段あれだけクールなのに、私なんかのことで色々悩んでテンパってるし。普通に話しかけてくれれば良かったのに」
顔を覗き込む様にして言うと、泣いて腫れぼったい目を反らしながら頬を赤らめてた。泣き顔を見られるのは恥ずかしい?
「あなたはそう言うけど……普段の橙木さんに話しかけるのは結構勇気がいるんです! それに嫌われるが怖かったし……」
ちょっとすねた様にボソボソ喋る桃園。ああ、なんかカワイイな! この子、実際はすごく純粋で乙女なんだ。
「桃園!」
「は、はい!?」
「あんた、下の名前は?」
「明日香……ですけど」
「そう。私は麗文。友達は皆『れもん』って呼ぶから。明日香もそう呼んでくれる?」
「もちろん! ……麗文……さん?」
彼女のことを明日香と呼ぶと余計にカワイイと感じられて、明日香の顔にそっと手を添えてキスしてた。中学は女子校で良く部活の友達同士でふざけてやっていたから、つい。
「あ、あ、あ、あ、あの、これは!?」
「明日香のこと、キライじゃないよ」
「……」
真っ赤な顔をした明日香は何とも言えない表情で口をモゴモゴしていたけど、その後ドサッとベッドに倒れてしまう。
「えっ!? ちょっと、明日香!?」
頬を軽く叩いても反応がないので、慌ててナースコール。飛んできた看護師に何かしたのかと聞かれたので正直に『キスした』と答えたら、すごく笑われてしまったわ。どうやら興奮しすぎて気絶したらしい。
「フフフフ、病人にあまり刺激の強いことしちゃダメね。桃園さんの容態はもう安定してるから、あなたは帰っても大丈夫よ」
「はあ……」
時間も時間だったし、気絶した明日香を残して帰ることに。まさかキスしたぐらいで気絶するとは思ってなかったわ。悪いことしちゃったかな。
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