第41話ー歪んだ救済ー


「なにこれぇ……」


 赤く光る液体で満たされた巨大な水槽。

 中には黒い球体が浮いており、それはおそらく都市に撃ち込まれてきた球状の人型ドミネーターである。

 

 だがそれよりも目を引くものがあった。

 水槽の中に浮かんでいるのは人間……それも年端も行かない子どもたちだ。


 「やつらから人の気配がすると思ってたんだ。コイツら……随分胸糞悪いことに手ェ出してんな」


 その子どもたちの身体はところどころ変形し、異形化の兆候を感じさせている。

 だがまだ人である身体を失っていない身体はほとんど骨と皮だけのような有様であり、こうなる前からろくな生活をしていなかったであろうことは容易に想像がつく。


「これどうするのぉ? 助けられるぅ?」


「人工的にドミネーター因子を埋め込まれてるみたいだな。ここまで異形化が進行してるとなると助けるのは難しいな……」


「そぉ……。じゃあせめて眠ってる間に送ってあげようかしらぁ」


 そう言って爪に赤い光を纏わせたネロは右腕を振りかぶり……。


「ああ!! すいませんすいません!! 止めてくださいこの子達を殺してしまうのは!!」


 今、その水槽を両断しようとしていたところを部屋の奥から慌てて出てきた白衣の男が止めに来た。

 

「誰ぇ? あのぼさぼさ頭ぁ」


「……」


 動きを止めたネロの隣で、ヒナキは黙って銃口をそのボサボサ丸メガネ白衣のなよなよした男に向けた。

 

「この子達は重い病を患った子どもたちなんです! これはその救済中でして……」


 ばたばたと走ってきたその男はすがるように水槽に身を寄せ、言葉を続ける。


「あぁ、ああ……メイ、アキラ、ナナオ……順調に救済されているね……。僕が君たちを傷つけさせないから安心してくれ……」


「救済? こっちの世界じゃ怪物になるのが救済なのか? やけに変わった辞書が発刊されてんだな」


「こ、こっちの世界……? ああ、君が我らが神が言っていた裏切り者ユダなんだね。君の倫理観に合わせて彼らの救済を妨げるような真似は申し訳ないけどぼ、ぼぼ僕が許さないよ」


「しどぉコイツ気持ち悪ぅい」


 得体のしれない白衣の男に対し嫌悪感を抱いたネロはヒナキの後ろに隠れるように動き、顔のみをひょこっとのぞかせた。


「ああ!! わ、我らが姫、隠れずその可憐なお姿をこの子達にも見せてあげてほしいんだ。この子達の行く先である君の姿はとても勇気を与えてくれるだろうから……」


「その子達はこの子のようにはならない。体組織が因子に適合せず拒絶反応で完全に異形化してんだろ。異形化した細胞は人の形には基本的に戻らない」


「いいや、この姿はいわば蛹だよ。救済が進めば姫のように美しい姿に変わってくれるんだ……」


 水槽に縋り両手を合わせて祈る白衣の男。

 その様子を見てヒナキは銃を下ろす。

 白衣の彼はおそらく研究者かなにかであり、本気でこの子どもたちを救うつもりであろうことは様子を伺っていて分かる。


 だがその救済の仕方は途方もなく救いのないものであることは明らかだ。


「ぼ、僕を殺すかい? 先程の兵士たちのように。姫に殺されるなら正直……や、やぶさかではないのだけど。でも無理だ。君たちには……」


「無理……? 理由を聞こうか」


「僕はまだ死ぬ運命にないから。たとえ姫であろうとも……僕は殺せないよ」


「じゃあ試してみるぅ?」


 ネロが勢いよくヒナキの後ろから飛び出した。

 右手に纏わせたあかいい光を鋭く研ぎ澄まし、その白衣の男の首を掻き切ろうとする。


 だが。


「え……?」


「危ないよ、僕には戦神がついてるからね……」


 万物を両断する爪が突如として目の前に現れた全身黒尽くめの服を纏った人物の腕に止められた。

 フードも深く被っておりうまく表情は見えないが赤い光を放つ双眸そうぼうを覗かせている。

 気配からして人ではないとネロは直感で理解していたが……それより、自分の爪が止められたことに驚き一瞬硬直してしまった。


「ヤッベェ……!!」


 直感で事の緊急性を感じ取ったヒナキがネロのジャケットを掴み後方へ引きつつ自分がその黒ずくめの人物との間に割って入った……直後。


「ぎッ……!?」


「しどぉ!?」


 右肩から左脇腹にかけてズッパリと切り裂かれた。

 吹き出す血液と共に後退しつつ膝をつき、その黒尽くめの人物を睨みつけた。


『久しいな、義弟ぎていよ。どうした、そんな仮面で顔を隠して』


「姉貴……!!」


 ヒナキは腹部を押さえつつ傷の深さを確認する。

 内臓が露出するほどの深さではない、まだ動ける。

 想定外の敵が出てきたことに戦慄しながらも言葉を続けた。


「ネロ、下がってろ……」


「しどぉこそ下がりなさいよぅ。その傷でどうするつもりぃ?」


「この人はお前でもまともにやり合うとマズイんだよ……頼む、ここは俺に任せてくれ」


 前に出ようとするネロを必死に止めながら、ヒナキはナイフを取り出して握った。


「ああ、守ってくださりありがとうございます。僕はまだこの子達を救済する使命を継続することができるのですね」


『下がっていなさい、ドクター。彼らは私が面倒を見る故』


 立ち上がり半身にナイフを構えたヒナキをまっすぐ見つめながらそういう黒尽くめの人物がそう言うと、ドクターと呼ばれた白衣の男はよたよたと後退していく。


『義弟よ、なぜこちらの世界側につく。我らの思想の元なぜ動かん。我々の思想が気に食わんか、それともお前だけにこちらの世界の名を与えられたことに起因するのか?』


「俺こそ不思議だぜ。アンタほどの実力者がなんで気づかない。怪物ドミネーターを崇め罪のない世界を侵食しようとするその思想の歪みを……!」

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