第34話ー異形の右腕ー


「よおよおよお、おひさじゃん裏切りモン。どしたそんなへんな仮面被っちゃって。言いてェことはやたらとあるけどさァ。とりま、その女こっちに返しな」


 降りてきたのは人型の異形、耳に障る話し口調からヒナキはその異形が何者か把握できている。

 人であった頃の面影はなく、ただただ人の形をした怪物と成り果てていたが。

 

 ヒナキはネロを左腕で抱きながら右手に自動式拳銃Mod-45を握る。

 その銃口は異形に向けられることなくだらりと地面へ向いていた。


「ただのチンピラが随分出世したみたいでめでたいな。どうだ? 人間やめた気分は」


「あ? サイッコーに決まってんだろ!? テメーなんかに殺された弱かったあの頃を思うとさァ、マジで今でもムカついてくるんだわ。正直今すぐブッコロしてやりてーんだけど、その女が先。しょぼくれたテメーは後な」


「あっそ、じゃあそその2つの予定はキャンセルだ。それより先の予定を入れてやるからリスケしな、クアッド」


 Mod-45の銃口をクアッドと呼んだ人型異形に向け、発砲。

 45口径ホローポイント弾がクアッドの肩に直撃し、グレアノイドでできた体表を爆ぜさせた。


「愉快なお仲間たちに対しての見せしめだ。お前はここで必ず殺す」


「ハァ? そんなひ弱なナリでなにイキってんだ!?」


「そのひ弱に減らず口を塞がれんだ。この子に手を出したらどうなるか……良い警告看板になってくれや」


 静かだが……激しい怒りがこもった声。

 ヒナキのその感情が浅い眠りに落ちているネロに流れ込んでくる。

 今まで感じたことがないほどの怒り。

 それも他の誰でもない、自分のために敵へ向けられた怒り。


 こんな激しくも優しい怒りを感じて、眠っていられるわけがない。


「しどぉ、降ろして……」


「ネロ、起きて大丈夫か?」


「このままだとしどぉの邪魔になっちゃうからぁ……」


 ネロの頭の中で誤作動を起こしていたゲートキーは今、ヒナキの権限で正常な働きをするよう戻されていた。

 左腕から降ろされたネロはよたよたと足をもつれさせながらも立ち、ヒナキは少女をかばうように前に出た。


 ネロはささやくような小声でヒナキに言う。


「しどぉ、あいつ……赤丸あかまるがないわよぅ」


「赤丸? ……コアか。だな、その気配がないのは感じてる」


「なーに喋ってんだぁ? この右肩のお礼に一撃かましてやるよ裏切りモン!!」


 人型の異形、クアッドは両手を前方へ伸ばすように構えた。

 両手のひらの間に赤く光るエネルギーが凄まじい速度で収束していく。

 エネルギーが圧縮されてゆく影響かクアッドに向かって凄まじい風が生まれ、風切り音が響く。


「あれやばそぉ……!」


「ネロ、これ持って後ろに下がってろ」


 ヒナキはアサルトライフル、MIG-6をネロに預けて後方へ下がるように指示した後ジャケットを脱ぎ、かつ黒のインナーの右袖を捲くりあげて右腕を露出させた。


「なにする気ぃ?」


「圧縮されてるところを見ると圧縮されてるエネルギーを拡散させれば防げるだろ」


「そうだけどぉ……、あんな高密度のエネルギーの拡散なんてできるのぉ?」


「見てていいけど驚かないでくれよ?」


「?」


 ヒナキの瞳が赤い光を放った次の瞬間。

 前方へ向かって突き出されむき出しになっていた右腕に変化が現れた。

 

 その変化を最後まで見届けることなく……。


「これでも食らって寝とけや裏切りモン」


 赤く光る凄まじいエネルギーがヒナキに向かってまっすぐ放たれた。

 それは突き出されたヒナキの右手に直撃し……そして。


 1本の圧縮エネルギーはヒナキの右手に当たる事により6本のエネルギーに拡散され霧散していく。


「し、しどぉ……その腕ぇ……」


 ヒナキの右腕が肘上まで、黒い甲冑アーマー状の腕に変化していた。

 それはまるで大侵攻の時に戦った黒鎧の腕のようでいて、形状はもっと機械のようなスマートかつ刃物のように鋭利なものであったが。


 放たれたエネルギーを拡散させながらも、ヒナキはクアッドに向かって走り出し接近。


「このションベンで誰を寝かせるって? なあチンピラ」


「ぅおい! こいつ拘束帯で縛られてんじゃねーの!? ボス!!」


 エネルギー波を物ともせず肉薄してきたヒナキの振りかぶられた右腕がクアッドの胴体に抉りこむ。

 抉りこんだ拳は凄まじい重みと衝撃を伴っており、クアッドの胴体に巨大な穴を開けた。


「……やっぱ見当たらねーな、コア。今の攻撃といい……お前、本体じゃねェだろ」


「クッソ、話が違うじゃんかよ、ボス……ッ!!?」


 胴体に大穴を開けられた上、その鉤爪のようなヒナキの手で頭部を捕まれ金属質の地面に叩きつけられトマトのようにぐちゃりと潰れた。


「どこかなぁ本体。次元の後ろに隠してんのかなぁ。痛みは感じてんのか? どれだけ痛めつけたら出てくるとか教えてくれるか? あんま時間かけたくないんだよコレ」


「ぐ、ぎ……ぎぃ」


 潰れた頭で呻くクアッドに対しヒナキはその頭をグリグリと地面に押し付けながら冷ややかな目で睨みつけ、落ち着いた声で話す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る