第35話ー本体出現ー


「ひっひひ……! そんなに俺のコアの位置が知りてーならお望み通り教えてやんよ……!!」


「あ?」


 押さえていた頭がばしゃりと崩れてしまった。

 頭だけではなく胴体、下半身と次々と崩れ赤い粒子となり空気中へ散り散りになっていく。


《その右腕には驚かされちまったが、相棒がいないテメーに俺っちが止められるかなぁ……?》


 崩れた身体とは裏腹に、どこからか声だけが聞こえてきた。

 敵対対象がいなくなったことでヒナキの右腕は徐々に人のそれへと戻ってゆく……。


「やっぱ本体じゃなかったか。まずいな、煽りすぎたかも」


「しどぉ……」


「おっと」


 後方からネロの声が聞こえて振り向くとふらついた足取りでこちらへ向かってきており、途中で足がもつれて転倒しそうになったため慌てて身体を支えてやった。


「壊したのぉ……?」


「いや、さっきのはなんつーか……複製体だったんだ。本体は多分まだ方舟の外にいる」


「ん……。しどぉのその腕はぁ……?」


「言ってたろ、俺もすこしばかり人間じゃないんだよ。さっきみたいな力は右腕だけに発現できるんだけどな。それより随分眠そうだな」


「なんかクスリ打たれたぁ……」


「薬!? クソ、なんの薬かわかんねぇけどさっさと対処しないとまずいな」


 ヒナキは支えていたネロの身体を横にして寝かせ、通信をアリアにつなぎつつ右手で脈拍を測りながら瞳孔を覗いて確認する。


《連絡を待っていました。ステイシスは大丈夫ですか?》


「またろくでもないやつに拉致られそうになってたが大丈夫だ。一旦追っ払った」


《また……!? でも無事なようで何よりです》


「いや、無事とは言えない。なんか薬打たれたらしくて意識がはっきりしねぇな。確認した感じ神経系に作用する薬のようだけど詳細がわからない。この子の薬物耐性ってどうなってる?」


《どれくらいの量を打たれたかわかりますか?》


 ヒナキはネロに打たれた量を聞いた。

 ネロは指でコレくらいの筒の中に入ってたやつと伝えると、ヒナキはその大きさをなんとか言語化してアリアに伝える。


《麻酔の類であってもそれくらいの量なら1時間もあれば分解できるはずですが……。一旦こちらで預かって診療……え?》


「おいおい嫌なリアクションだよ。どした?」


《都市防壁外に……先日の黒鎧と酷似した姿の大型ドミネーターが出現したと情報が入りました!》


「……クアッドだ」


《クアッド?》


「前に俺がやりあったでかい人型ドミネーターいるだろ。あいつのお仲間だよ、そこらの有象無象じゃ歯が立たねぇぞ」


 ヒナキは頭を掻きつつネロに視線を落とす。

 それに対しネロは目をゴシゴシとこすりながら大量の水を要求してきたため付近にあった販売機で数本買ってきた。

 中には人体により吸収しやすいようなスポーツドリンクも含まれているが……。


「んぐ……」


「お、おい大丈夫かそんな一気飲みして……」


 3Lはあろうかというその飲料を、ネロはすべて一気に飲み干し小さな身体に収めきった。


「けふっ……。あと10分で体調戻すからぁ、病院いかなぁい」


「そんなタブタブな腹で動けんの……? 吐かない?」


 いくら体内の薬物に対する代謝を促すためとはいえ、常人なら卒倒しそうな程の水分量を一気に胃に流し込んだのだ。

 普通は動くことすらままならないはず。


「しどぉ」


「なん?」


「そのおててぇ、かっこよかったわよぉ」


「……お、おお。ありがとう」


 まさかこのタイミングで怪物じみた変化を見せた腕を褒められるとは思わなかったため面食らった。

 ただ、それはネロなりに気を遣ったのだとすぐに理解した。


 少女ネロはヒナキが怪物の腕を持とうが持たまいが気にしないと、暗にそう伝えたかったのだ。

 

「あたしの特殊二脚機甲デトネーターは修理終わってないしぃ……。なんか機甲兵器借りれるぅ?」


社長アリアに聞いてみるわ」


 通信機に手を伸ばし、再びアリアに繋ごうとしたところ地面を蹴る凄まじい足音に阻まれてしまった。

 その足音は間違いなく二脚機甲兵器のものでありまっすぐこちらに向かってきているようだが……。


「あの青い機体は……センチュリオンテクノロジーのあれ、なんだっけ名前」


「ブルーブラッドぉ、Otypeオータイプぅ


「そうそれ。モデルさんが乗ってたヤツ」


 こちらにまっすぐ接近してきて、そして止まった。

 止まった際の吹き付けてくる風を受けてネロは目を閉じ口を真一文字にしていたが、ヒナキは仮面を被っているため微動だにしなかった。


《ノア民間軍事会社のお二方。この先で人型ドミネーターが現れたわ、今すぐ退避したほうがいい》


 青い二脚機甲兵器の外部スピーカーを通して女性の声が聞こえてきた。

 声の主は間違いなくセンチュリオンテクノロジー所属、結月少尉である。

 その声を聞き、ネロはヒナキに耳打ちする。


「しどぉ、あれに特殊二脚機甲ブルーグラディウスで出ないのか聞いてぇ」


「結月少尉だっけ! 専用機はどうしたんだ!?」


《今ここに輸送してもらってるの。乗り換えて防壁外に出たドミネーターを討ちにいくつもり》


「俺も奴に用がある。乗り換えるならそいつ貸してくれないか!?」


《そいつって……この機体を?》


「そう、それ! 頼む!」


 結月は戸惑ったが……。

 彼はあの時黒い二脚機甲兵器に搭乗していた筈。

 確認できた時間はそう長くはなかったが二脚機甲兵器の操縦はできるはずなのだ。


《この機体は無理ね、でも……》


 青い二脚機甲はその場に片膝をついてしゃがみ込み、背部のハッチの扉が開いてタイトなパイロットスーツに身を包んだ結月少尉が出てきた。

 機体の凹凸を利用して降りてきてヒナキに近寄りとある場所を指差し……。


「会場設備設営用の二脚機甲ならどうせ設営会社が鍵つけっぱなしよ」


 指を指した先にあるのは会場設備の設営に使用される、戦闘用の装備などを全く装備していない工事用二脚機甲だった。

 それはセンチュリオンテクノロジー製で、その二脚機甲を稼働させるための権限を結月は持っていたのだ。


「火力兵装なしの機体か……」


「ん」


 結月少尉が次に指差したのは都市に侵入してきたドミネーターに破壊された二脚機甲兵器だった。

 機体自体は損壊しているが、その機体が装備していた兵装は破壊されておらず使用できるものもある。


「ああ、拝借しろってことね」


「機甲兵器の兵装の認証は解除されたままのはずだからそのまま使えるはず。私が色々教えたってことは言わないようにお願いね、君も」


 隣のネロにもそう釘を指した結月だったが……。


「べぇ」


「ええ……私なにか嫌われるようなことした?」


 自分から見ても相当美人で可愛らしい少女に舌を出されたため、結月は困惑してしまった。


 だがヒナキはこれ幸いと、ネロを連れて会場設営用二脚機甲の元へと走る。

 4機程が存在していたがその中の1機の背部ハッチが開き、コクピット内に物理キーが挿しっぱなしになっていたため起動することができた。

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