第17話ー蒼き機体の搭乗者ー
夢中でクレープを食べ続けるネロだったが、初めて食べたものということもあり口の周りにクリームが付着してしまっていた。
購入と同時にもらえていたお手拭きを使って口を拭ってやろうとするも避けられる。
やはり触れられるという行為に対しては忌避感があるらしく、お手拭きのみをヒナキの手から奪い取り自分で口を拭った。
「自分で拭けるぅ」
「はいはい。ほら、また付いてるぞ」
ヒナキが自分の口を指で指し示すようにしてクリームの位置を伝えた。
まだ自分に心を許しているわけではないのは態度を見てわかってはいるが、それでもこのなんでもない休日の中でただの少女のような表情を浮かべているネロを見ていると微笑ましくあった。
「……」
「しどぉ」
「お、気づいたか」
人混みに紛れて明確な悪意がひとつ。
先に気づいたのはヒナキで、そのあとすぐにネロが勘付いた。
「どうするのぉ? 多分、あの時逃した奴だけどぉ。追っかけて殺すぅ?」
人差し指と親指についたクリームをぺろぺろと舐め取りながら、少女らしからぬことを平然と言い放つ。
そう言われたヒナキの判断は……。
「放っとけ。今日は休日だし仕事したくねぇよ。人も多くなってきたし、紛れてもう離脱してる」
「いいのぉ? めんどくさいことにならないわけぇ?」
「多少情報握られたところで痛くないさ。下手に追っかけるのもリスクでけぇしな……」
「ふぅん……そぉ」
そう言ってネロが再びクレープ店に向かって歩き出そうとしたためとっさに腕を掴んで止めた。
掴まれたことによりネロの髪がふわっと逆立ち……。
「ほらぁ! ネロの反応速度超えて掴んでくるぅっ! ぜぇったいつよつよぉ!」
「いや、いいからそれは。どこ行こうとしてた」
「クレープもいっこぉ」
「他のにしよっか、な」
「やだもいっこぉ」
「あるって、他にも美味しいの。ほんとずっと食い続けそうで怖いんだよ」
「掴んでる手ぇすぱっとされるかぁ、もいっこどっちぃ?」
「……本当にあともう一個だけだぞ」
「はぁい。……いい加減離してぇ」
手を離さないと手首から先が泣き別れにされそうだったため、もいっこを認めてしまった。
この子の教育には悪いだろうが、しつけをしようとしている相手は見た目少女の生物兵器であることは認識しておかなければならないだろう。
力押しで来られると本当に厄介この上ない。
こうしてもいっこクレープを購入し、表情にこそ出ないものの嬉しそうにまたそれを頬張るのだった。
……。
ノアPMCがゆったりとした休日を過ごしていた頃、先だっての大侵攻からの防衛戦で大破してしまったセンチュリオンテクノロジー社製、青の
その搭乗者である結月が機体修繕の完了報告を受けてテスト稼働を行っていた。
《結月ちゃーん、どうよ機体の調子は》
「うん、壊れる前より全然調子いいかな。流石は我らのエンジニアって褒めといたげる」
《だろーやだろーや。今回も気合い入れて直したからな! 大侵攻防衛のヒロイン様の乗る機体だ。中途半端なコトすりゃファンの連中から殺されちまわぁ》
「あのねぇ、止めてよそのヒロインっての。こっちは仕事で依頼されたからやっただけ」
パイロットである彼女は地上で様子を見守っている専属エンジニアと交信している。
センチュリオンテクノロジー社所属軍が所有している軍事基地上空で、青い粒子を背部のスラスターから噴出させながら飛行するその機体。
型式名CT-003、名称ブルーグラディウス。
センチュリオンテクノロジーが所有する特殊二脚機甲3機の中で最も新しい機体であり、機体本体の他に超小型反重力炉と高次元駆動制御CPUを搭載した自律駆動ユニットを使用し対多数戦に特化した性能を持つエース機である。
そして、ノアPMCの事務所がとんでもなくボロくなった原因の機体でもあった。
歩行テスト、飛行テスト、自律駆動ユニットの展開とミサイルハッチなど各種武装の展開テストなどを終え、まるで羽が地面に落ちるかのようななめらかな着陸を決めて軍施設の機甲兵器メンテナンスドックへと戻ってきた。
メンテナンスドック内には所狭しと同社製二脚機甲兵器が格納されており、それぞれにメンテナンスに使用される機材が充てがわれている。
機体自体がそれぞれビル約10階分の高さがあるため、ドックの天井はとてつもなく高く敷地面積も軽く3万坪を超えている。
この敷地面積を確保するために方舟都市から飛び出すように存在しているそこは、巨大企業であるセンチュリオンテクノロジー社の莫大な資産力を示すバロメーターともなっていた。
そんな風通しのいい格納庫の中、ブルーグラディウス専用にあつらえられたドックに到着し反重力炉の稼働を止めた。
同時に機体内部の熱を排出する白い蒸気が各部から噴出し、同時に背部ハッチが開いて一人の女性が出てくる。
黒艷やかな髪に特徴的な青いメッシュが入った前髪と青い瞳。
長い黒髪を後ろで束ね、タイトなパイロットスーツを着たモデル体型の色白の彼女は額に浮かんだ汗をタオルで拭いながら昇降機に乗り降りてきた。
「よぉよぉおつかれさん! なんも問題なさそうでよかったぜ。細けぇとこで気になった部分はあるかい?」
機械油まみれの作業着を着、白ひげを蓄えた渋い中年男性が降りてきた結月に声をかけた。
「うーん、そうね。飛行時にちょっと右側に重心が寄ってる感じがしたくらいかな」
「おっと、そうかい。装甲の補修でやっちまってる可能性あるなぁ。いまからちょい確認してスタビ良きところに追加しといてやらぁ」
「ありがと、おっちゃん」
「あいよ! おつかれさん、ゆっくり休みな!」
結月はそのままエンジニアの横を通り過ぎながらパイロットスーツ正面のチャックを腰下まで下げて肌を露出させる。
がっつりくびれた腹部と黒いスポーツブラに覆われた胸が激しく主張し、正面から走ってきた女性に間髪入れず指摘されてしまう。
「ちょっとターシャ! それまじではしたないからやめなって言ったじゃん!!」
「八雲、仕事中。結月少尉ね」
「いやそんなんより前閉めなってマジ! むさ苦しいおっさん共が見てるから!」
「いつも頑張ってくれてるんだからちょっとくらい良いでしょ」
「いくない!」
八雲と呼ばれた、金髪褐色肌の見た目完全にギャル調の女性に無理くりパイロットスーツのチャックを上げられたが胸でつっかえてしまいそこからどうしても上がらないため諦めてしまった。
「押し込まないと上がらないって」
「はあ……もう良いしめんどくさい。それより早くしないと雑誌の取材来ちゃうじゃん!」
「ねえもう今月誌面関係の取材何度目? これ以上雑誌の表紙に載せられるの嫌なんだけど。街のモニターとかにもでかでかと顔表示される様になっちゃったし」
「いい加減慣れなよ。もう一般ファッション誌のモデルにすらなってるんだしさぁ」
「あのねぇ……そのせいでこっちはいちいち顔隠して外出しなきゃなんなくなってるわけ。いい迷惑よ。今日のは受けるけど次来たら断っておいてよ、マネージャーさん」
「マネージャーじゃなくてオペレーターだし……ってちょっと待ちなよぉ!」
「早くなんでしょ。ちょっと頼みたいこともあるから聞いて」
結月のことをターシャという、ロシア名アナスタシアの愛称で呼ぶ彼女は結月専属のオペレーターであるという。
見た目に反し言動はしっかりしており、常識人のようだが……。
ドックから出るため歩きつつ結月から渡された使用済みタオルを受け取り、何を頼みたいのか問うた。
「ちょっと調べてほしい人がいるの」
「調べてほしい人? ターシャが他人に興味持つなんて珍しーじゃん。どした?」
「最近設立された民間軍事会社に登録されてる人なんだけど、ほら、セントラルストリートパレードの警備にも登録されてる……」
「あー、どっち? ネロって女性? 祠堂ヒナキって男性?」
「祠堂ヒナキの方」
「へぇ、またなんで?」
「ん、あー……」
結月は少し言葉に詰まってしまう。
言うべきか。
あの大侵攻の際方舟の最高戦力であるステイシスと驚異的な戦力を持つ怪物、黒鎧のドミネーターの間に入ってきたのが彼かもしれないと。
「まあちょっと気になってるから」
「ええ!? そんなんで調査させるわけぇ? そんなんウチ変質者じゃん!」
「一生のお願い、ホント気になりすぎて夜寝れないの」
「ウソつけ! あんたのバイタル毎日チェックしてるウチにそれは通らんわ!」
「ね、今度美味しいごはん奢ってあげるから。適当な理由つけて登録記録とか漁ってきて?」
「どこのご飯かによるし! それは!」
「アリアンデルホテル最上階のフレンチ」
「一番高いヤツとシャンパンボトルね! しょーち、適当な理由ぶっこんで調べてきちゃるわ!」
「ありがと、
最高級フレンチ……恐らく一人10万円はするコースデートの約束を取り付けた専属オペレーターはホクホク顔だった。
「しっかしあんたが男の方に興味をねぇ。永久凍土の姫様にようやく春がきたかって感じ」
「なにそのバカみたいなあだ名。そんなんじゃないから」
「あーそ。でもま、その民間軍事会社って本当に最近できた弱小会社じゃん。そんなとこに所属してるやつの何がそんなに気になるんだか」
「デートの時に教えてあげる」
「ん、楽しみにしてっからね」
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